絵日記 日日平安 小室哲哉と村田和人
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小室哲哉と村田和人

 芸術家とは本当になんの後ろ盾や根拠もないもので、特にロックやポップミュージシャンの存在というものはふわふわしてつかみどころのない、なんだかよくわからないものである。音楽をつくっても別に何かを「生産」しているわけではないし、人の役に立っているかどうかも不明だ。

 それでもプロというものはプロで、アマチュアではない、演奏や歌声、作曲能力その他、すべてにおいてあるレベルを充たしているのであり、どんなに少ない数でも「お客」、「聴衆」がいる。

 先日、NHKで小室哲哉のドキュメンタリーをやっていた。栄光とその影、みたいな話だったが、小室哲哉は最初、2016年に亡くなった村田和人のバッグバンドにいた。
 村田和人といえば僕にとっては超ビッグな大物、というか、すべてのミュージシャンと並べても一番上のほうに位置するような人だと思うのだが、ヒット曲は1曲しかない。亡くなる直前までアルバムをつくって名曲の数々を生み出してライブを続けたが、たしかに「一般的には」誰も知らないマイナーなミュージシャンだ。

 小室哲哉はそんな「実力はナンバー1だが売れていない」ミュージシャンのバッグで演奏をしながら、「自分はこうはしない」と誓ったのだと思う。そして「音楽」を商売のツールに変え、イギリスへ行って世界最先端の音楽シーンを真似てヒットを連発、まさに「文化を仕掛けた」のである。

 それはもちろんすごいことなのだが、すでにミュージシャンの姿ではない。繰り返し再生産していく音楽、聴き手のメンタルを的確にとらえるマーケッティングでつくられていく文化。そこには「創造」はないのであり、やがてネタも尽きるし「飽きる」。お金や詐欺罪の問題もあるだろうが、小室哲哉の引退は結局「飽きた」からだと思う。

 59歳で引退した小室哲哉と62歳で亡くなる直前までライブをやって音楽をつくっていた村田和人。ではこの二人、何が違ったのか。それは「身体性」である。小室になく村田にあったものは、その身体から発するあの美しい「声」なのである。神から授かったような「声」がある限りは、音楽の神様は微笑んでくれている。

 こういうことを書くときにいつも思うのは、加藤和彦と小田和正の違いだ。小田和正が歌い続けていることと、加藤和彦が亡くなってしまったこと。それは小室哲哉と村田和人の相似形だと個人的には考えている。

 で、話は最初に戻るが、ミュージシャンに限らず、絵を描く人、詩を書く人、小説を書く人等々、そういう人たちが「商業ベース」に乗る以外に何にのっとって表現していくべきなのか。

 風邪をひいてなにもできない夜、そういうことを考えていたというわけなのである。(管理人)

20181004
プリモシーン関屋記念優勝クオカードが届いた。オーナー仲間(仕事人0さん、ゴロ八)へプレゼント。重賞勝利は気前が良くなる(笑)
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[ 2018/10/04 11:26 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)
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