絵日記 日日平安 「この世界の片隅に」
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「この世界の片隅に」

 「すごい映画なんだろうな」と思ってはいたが、みて本当に驚いた。「やっぱりすごい映画」。

 何がすごいって、その「写実」だ。主人公すずの日常とちょっと不思議な妄想のようなものが、彼女の描く「絵」を通して少しメルヘンチックに描かれる。どのシーンも「写実」「断片」であるが、それがそのまま逆に、すべての物事の「事実」とそれらの「つながり」を強調する。

 どこか「ボーッ」とした彼女に最初に訪れるのは嫁ぎ先での「労働」だ。それは嫁ぐ前の実家での労働とはまったく異なる、「嫁ぐ=労働」という義務の上での労働。「労働」と嫁ぎ先のストレスによる「10円ハゲ」(=肉体的欠損)の日常が延々と描かれ、でも彼女はそこになんとか馴染んでいく。最初は打算があったりしても、相手も人間であり、人間であるからこそ、一緒にいればお互い理解できるようになる。

 次に喪った恋への精神的欠損のシーンがある。田舎の同級生(海兵)は、彼女が無理やり結婚させられ、働かされてるのではないかと彼女を助けに来たのだが、そこに流れた時間はあまりに無常だった。でもやはり、その場所いたことによる「幸せ」を彼女に再認識させる。

 さらに来るのは執拗に落とされる空襲攻撃の爆弾。基地だけでなく「民間」を攻撃する爆弾は今度は「人間性の欠損」、つまりは日本人を人間と思っていない「虐殺」であり、虐殺はさらに彼女のもっとも大切なものを「欠損」させられる

 といった、当時の日本人の平凡な日常の中で繰り返される「欠損」や「再生」の中、天から降ってきたような戦争という暴力がさらに人間を貶めていく。そんな過程、シーンそのものがどれも痛くてつらい。

 そしてこの映画に絶大なる力を与えているのは、俳優としての能年玲奈(のん)の声の演技。この声なくしてすずは現前していないとさえ思える凄みがまた、この映画を「あまちゃん」と同じく唯一絶対のものにしている。

 そして、ピカドンで母を亡くした子供の存在が最後の「再生」。そんな「祈り」の映画である。(管理人)

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地方の人には悪いが、週末の東京はピーカンで乃木坂バースデイライブ。親族Sと寿司屋で打ち上げ。

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3日間参戦した親族Sが最終日に40分並んで撮ってきてくれた推しメンバーの七夕パネルライブに行った人しかわからないサインボード

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日曜に参戦した寿司職人Oさんから送られてきたアンコール時の動画。キャプで画質悪いが現場ではすごい。
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[ 2018/07/10 00:48 ] 映画 | TB(0) | CM(0)
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