絵日記 日日平安 「LIFE SIZE 2017」と「クリスマスの約束2017」
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「LIFE SIZE 2017」と「クリスマスの約束2017」

 毎年この時期に「LIFE SIZE」が届く。小田和正の1年(前年)の活動を追ったドキュメントで、2017年の1年間のものだ。

 コンサートツアーをしていない年のメインとなるのはやはり「クリスマスの約束」で、昨年は打ち合わせ(コンセプトや選曲など)や準備期間(リハーサルのための仮歌入れなど。こちらも膨大な時間がかかっている)は別として、なんと22日間のリハーサルを行っている。2時間の音楽番組にほぼ1か月。それはもう、現在のテレビ業界や音楽業界のチープさとまったく正反対の、「本当に贅沢なエンタテインメント」の一角であり、たぶんテレビ局も、小田和正自身も、計数的には「大赤字」だと思う。だがそのなんでも大赤字だという精神そのものが現代の貧困なのであり、そういう意味で僕も貧困な発想に蝕まれている。

 映像で小田和正が「ほんの少しでも手を抜くことはできない(それをしたらおしまい)」といったことを語るが、まさにその言葉通り、一点の曇りもなく可能なだけ完璧な状態に持っていくその姿勢は、当然共演する周りの若いミュージシャンに大きな影響を与えており、ちょっとした音の表現だけで喧々諤々の議論になったり、「そこは譲った」といいつつやはり結局譲れなかったり、そんなやり取り一つさえもが立派な「ドキュメント作品」だ。

 そしてそこにあるのは、音楽は(芸術は、でもいいが)使い捨てのものでも経済的価値で測るものでもなく、単にそこにあって、ひたすら人を愉しませるものというシンプルな答えであり、その上にある(提供する側としての)表現の歓び、というこれもまた単純なものでしかない

 だが、だからこそ、こういう番組があること自体が奇跡でしかなく、逆にいうと、ほんの一瞬で、テレビ局が企業の論理をかざした瞬間になくなってしまう可能性が高い。というか、たぶんこれを成立させているのはこのテレビ局の某プロデューサー個人の「力」というか思い入れとか「新自由主義化する企業の中、旧来の芸術主義で強引に押し切ってしまう迫力」でしかないのであり、この個人の力が何かの拍子で途切れたらすぐに終わってしまう。いまの時代の芸術は結局そんな心もとない部分で成り立っている、としかいいようがないところが哀しい。

 そんな「裏側」をみて、昨年のクリスマスにみた表側の「クリスマスの約束2017」を見直すと感慨ひとしおで、今年もさらに「すごいことになっている」古希の人の凄まじさ、静かな迫力のようなものを味わってまた、「むやみに1年が経ってしまった」自分を振り返ってしまうのであった。(管理人)

20180424
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[ 2018/04/24 09:35 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)
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