絵日記 日日平安 2019年06月07日
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『すぐ死ぬんだから』内館牧子

 会社に入ったばかりの頃の普通のサラリーマンは「無地の白シャツ」が当たり前の時代で、それから5年くらい経ったら急に色シャツやストライプ入りが普通になった。それでも「服装や外見に気をつかうのは内面が輝いていないのをごまかすためだ!」とバンカラ風に思いこんでずっと「無地の白シャツ」を決め込んでいた(笑)。

 で、会社を替わったりしてスーツを着なくてもよくなったり、普段着もジーンズが破れてダメになって以来、アウトドアのフワフワのパンツとかユニクロのフリースで「楽ーー」に過ごしていたある日、「これはやっぱりいけないんじゃないか」、「楽な恰好ばかりしているとダメになるような気がするな」と気づいて、思いっきり服や靴を買ったり、帽子を集めたりしてみた。結論からいうと「内面の輝きだけでアピールできなくなった」、つまりは年を取ったということなのだろうが、人間やっぱり、どこかで「楽ーーに過ごす」こと、つまりは年齢とともにズブズブになってしまうことを見直さなければならないときがあると思う。

 というわけで今年は赤いハットを試してみたり、最終的には白い上下のスーツと白いハットに白いエナメル靴に挑戦しようか、と模索しているところなのであるが、この小説の主人公、78歳のハナはつまり、商売をしていた60代までまったく気を遣わなかった自分に気づいて、「年を取ることは退化であり、人間60代以上になったら実年齢に見られない努力をするべきだ、という信条を持つ」

 その導入部分だけでこの小説に引き込まれ、しょせん他人は思ったほど自分とは関係ない、関心がない、自分のことは自分しかできない、変えられない、だから自分のやりたいようにやる、といった主人公の生き方に拍手を送りたい。

 しかし、この本の表紙にあるように、老人のリュック、くたびれた帽子とかループタイなど、普段はどうでもいいと思っていても、集団で来られたら確かにゲンナリする。メルロ・ポンティではないが、服装も外見も人間の身体そのもの、さらにいえば、その人の言葉もしぐさも、たとえばマイナスの言葉ばかり吐く人も、毎日ため息ばかりつく人も、その人の身体の「負」の一部分であり、つまりはくたびれた服をまとっているようなもの。いま一度、自らの身体性を見直さなければいけないな、と改めて感じた。(管理人)

20190607
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[ 2019/06/07 10:54 ] | TB(0) | CM(0)
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