絵日記 日日平安 2015年11月
FC2ブログ
2015 101234567891011121314151617181920212223242526272829302015 12
月別アーカイブ  [ 2015年11月 ] 

階級論メモ

 佐藤優の本を三冊読んだ。

『いま生きる「資本論」』
『いま生きる階級論』
『官僚階級論 霞が関といかに闘うか』

 
 『官僚階級論 霞が関といかに闘うか』についてはちょっとだけ書いたが、これは三冊でひとつ(もっと他にも関係書はあると思うが)として読んだほうがよい。
 時系列的には「資本論」「階級論」「官僚階級論」の順で刊行されており、読むのもその順がよい。僕は逆から読んでしまったのだが……。
 以下、読書メモふうに……。

「収奪」と「搾取」
 我々にとって「税金を払う」ことはどういうことか。それは国家による「収奪」であり、それを「再分配」というイメージのいい言葉で「やりたい放題にやっている」のが官僚である。

 なぜ「収奪」かというと、税金を払わないと無理やり取りにくるからである。その強制力はすなわち「暴力」「暴力装置」(税金を払わないと無理やり監獄に入れられる)であり、国家と国民は「自由・対等」の関係ではない。

 対して、「資本家」と「労働者」はどうなのか。資本家は労働者の「労働力商品」を利用して利潤を生み出す。だがそれは、労働者の自由(労働力を商品として提供する)が認められている、一応は対等な関係である。資本家は労働者から(労働力商品が生み出した利潤を)「搾取」はするが、「収奪」は行わない。収奪するのは常に国家=官僚である。

国家を「カッコ」に入れる
 マルクスの分析で重要なのは、『資本論』では「国家」が取り上げられていないということだ。国家は官僚が運営しているもので税金によって成り立っている。その関係を入れると社会の構造の分析にはちょっと邪魔なので、とりあえず「カッコ」に入れて、「資本家」と「地主」と「労働者」の3階級の関係をあぶり出す。「国家」は社会の構造を解明する上で「社会の外側」にあるものだからだ。

ピケティの誤り
 トマ・ピケティ(『21世紀の資本』)が大きく誤っているのはここで、マルクスは労働者の「賃金」が「労働力商品」をもとにした「生産」によって決められるものであり、国家は関係ないことを説いているのに対し、ピケティは「賃金」は「富の分配」であり、「分配の主体は国家(官僚)」と説いていることである。

 その分配が「貧困」「格差社会」をなくすと言っているわけだが、国家による「正しい分配」とはじつは国家社会主義のことである。「背景に暴力装置を持っている国家の機能を強化することによって資本家から金をむしりとって再配分しろ」という論理はムッソリーニ=スターリン的解決法(暴力装置を持った官僚型国家が経済に干渉し、国民の平等を実現する)である。「どういうふうに、どの基準で、どれぐらい税金をとるのかを決めるのが官僚」、つまりは官僚支配になる。

エンゲルスの改ざん
 柄谷行人によると、マルクスは「労働力を商品化する資本主義システム克服の手段として、アナーキストたちによるアソシエーション運動に近い発想」を持っていた。国家の介入を嫌うアソシエーション論であり、社会主義と国家は結びつかない。
 ここで「エンゲルスの犯罪的な改ざん」が生まれる。

・マルクス=知性的主体である人間が共同で生産部門間の関連をコントロールする
・エンゲルス=共同体に生み出された知性(知的エリート、国家官僚)が生産過程をコントロールする

・マルクスの論理=人間の知性が資本をコントロールすることの限界
・エンゲルスの論理=知的エリート集団による資本の統制によって資本主義を克服する=社会主義運動→国家社会主義→官僚階級が暴走する恐怖国家の擁立

マルクス主義経済学とマルクス経済学
 『資本論』は通読一回、あとは第一巻を見田石介宇野弘蔵の流れで何回か読んだ。見田石介は佐藤優がいう「共産党系の学者の中では最も優秀な一人」だが「マルクス主義経済学」寄り、宇野弘蔵は「マルクス経済学」(マルクス主義ではない)で、佐藤氏の三冊の本は宇野弘蔵、柄谷行人の流れで読み解いている。

 マルクス主義経済学とマルクス経済学とはまったく別物で、資本家と闘うために資本や労働者とは何かを問うのが「マルクス主義」、価値中立的に『資本論』を読み、ときには資本家のために資本とは何かを説いた本として『資本論』を読むのが「マルクス経済学」である。

「商品」から「階級論」へ
 『資本論』は「商品」の分析からはじまり、最後は「階級論」で終わる。もちろんこれは分析の順番であり、実際には「商品」(労働力商品)が発生するとともに「階級」は発生しており、「商品」の発生がつまりは「階級」のはじまりである。
 労働力商品のみが価値をつくり出し、労働力商品が資本主義の核心となる。賃金は生産過程で資本家と労働者の力関係で決まるが、利潤や配当、地代は剰余価値が資本家や地主のあいだで分配される。

 労働力商品とは、

・家賃を払ってご飯を食べて休息をとって、次の1か月も働くぞ、という労働力再生産のエネルギーを取り戻すもの
・結婚し子供を育てる「労働者の再生産」のための費用
・技術革新についていくために労働者自身が学習する教育費用

の三つが必要であり、賃金はこれをまかなうもので、資本家は「労働力商品」再生産のため、最低限の上記費用を負担する。が、余計な費用は払わない。これが極論化したのが「新自由主義」であり、労働力商品の生産にすらならない。

 以上、メモで失礼しました。(管理人)
スポンサーサイト
[ 2015/11/30 18:07 ] 日記 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

倉田和人

  • Author:倉田和人
  • FC2ブログへようこそ!
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
10 | 2015/11 | 12
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索