絵日記 日日平安 2011年08月
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帰ってきた「書原」と『銃・病原菌・鉄』(中編) -好日読書 vol96-

 前回はこちら。 http://ci5.blog20.fc2.com/blog-entry-873.html

 なぜ、インカ帝国はなぜスペインに征服されて、スペインはインカ帝国に征服にされなかったのか。
 著者の説明は次の通りです。

 ①スペイン人は銃や刀剣といった武器を持っていた。
  また、武器を扱え、戦いを統率する職業軍人がいた。

 ②銃や刀剣といった軍事技術、あるいは新大陸に行く航海術、等々を開発するためには、富を集中させる「王様」がいなくてはならない。
  そのためには、集権的で、階層化された大規模社会がなくてはならない。
  すなわち、ある程度の人口集積がなくてはならない。

 ③ある程度の人口を支えるためには、安定した食料生産が行われていなければならない。
  大規模な「食料生産(=農業)」とそれを支える「家畜」がいなければならない。

 ④食料生産を行うためには、周辺に栽培に適した植物が生えていなくてはならない。
  また、家畜に適した動物(羊、牛、馬・・)が生息していなくてはならない。
  これらの動植物が周辺になくても、よその土地から簡単につれてこられる環境でなければならない。

 ⑤よその土地から植物を運んできて栽培するためには、移住先の気候が、もともと住んでいた土地とよく似ていなくてはならない。
  そうでなくては作物は育たたない。家畜も同様である。

 ⑥移住先の気候ともとの土地の気候が似ているためには、陸地が南北ではなく東西に伸びていなくてはならない。
 (南北に伸びていると気候がかわってしまい、作物が育たない)
  アフリカ大陸もアメリカ大陸も南北に広がっている。
  ユーラシア大陸は東西に広がっていて、農業技術の移植には向いている。


 すなわち「ユーラシア大陸が温暖かつ東西に広がっていたから、スペインはインカ帝国を征服できた」ということになります。

 ①のためには②が必要、②のためには③が・・という「ドミノ倒し」のような論理がおもしろいです。(山田風太郎の傑作『太陽黒点』を思い出したのは私だけでしょうか。って私だけですね・・)

 インカ帝国は南米の山の中にあり、栽培可能な作物や家畜も周辺には少なかった。よその土地からもきわめて伝播しにくい環境でした。そのため安定した食料生産が可能になったのはずっと後になったのです。

 農業だけではありません。インカ帝国には、知識を蓄積するための「文字」も、銃とか船とかいった「新技術」も、伝わりませんでした。
 天然痘など、家畜から感染する「伝染病」も伝わらず、それはそれでよかったのですが、ヨーロッパ人が上陸し病原菌を持ち込んできた途端、免疫がない人びとはバタバタと死んでしまいました。伝染病は、帝国滅亡の大きな要因になったらしい。

 一方ヨーロッパでは、メソポタミアで始まった食料生産が伝わり、小麦や豆などの種子もたくさん入ってきた。家畜も広がった。気候が似ていたからできたのでしょう。家畜に伴って伝染病も広がったが、やがて免疫ができた。
 この「食料生産」に関する「最初の差」が次第に大きな差となってくる・・

 なるほどなあ、と思います。ただ、これだけだと「なぜ、征服者はメソポタミア人やインド人や中国人ではなくヨーロッパ人だったのか」ということの説明がつきません。もう一段、別の説明が必要なようです。(もう1回続きます)(読書一郎)
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[ 2011/08/31 17:18 ] 好日読書 | TB(0) | CM(0)
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