絵日記 日日平安 2011年03月17日
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送別の辞 その2

 某東京都知事の「天罰」発言について書こうと思ったが、そんな時間がもったいない。次の選挙で彼に投票する人こそまさに「天罰」を受ける。それに反論できる人はいないだろう。
 だから、どれが「最期のことば」になるかわからないから、このブログだけでもきちんとしたことばを書き残しておこう。

 この2年間、「死ぬこと」の覚悟のためにハイデガーを読んだり、いろんなことを考えたりしたが、なんにも結論はない。行きつけの荻窪の飲み屋のオカァに聞くと「この歳になったらわかるよ」、本物のオカァ(母親)に聞いても同じ答え。先週、海外出張に行く上司が残していったことばが「おれの歳になるとホント、執着がなくなって、どうでもよくなるよ。だからいまだけだよ、君ががんばれるのは」。

 残念ながら、いまの僕は全然「どうでもよく」ないし、「この歳」にも「おれの歳」にもならない。だから怖くてたまらない。数年前から患っている閉所恐怖症がまさにそれで、震災後はじめて乗った満員電車では異常な過呼吸を起こし、降りた駅で30分も沈んでいた。

 そしてこの放射能騒動。地震、停電だけなら「そのとき生きていれば」その後はなんでもないのだが、放射能だけは例外。死ぬ。それが継続する。しかもほんとに死ぬ。反原発運動をしていたとき、その考えは突き詰めてしまったのに、またそのころの恐怖がよみがえる。

 要は、「自分が死ぬこと」になんの準備もできていないのである。

 今日の話はここまで。だが、(昨日のコメントにも書いたが)ヨウ素剤を贈ってくれたゲンゴロウさんには感謝する。こんなプレゼントは生まれてはじめて。
 先日書いたとおり、旧友とは同じ時間を共有することはないが、生と死の間際(もしくは誰かが死んだあとの記憶や痛み)だけは共有できるのかもしれない。(管理人)
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[ 2011/03/17 22:09 ] 日記 | TB(0) | CM(0)
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