最近の(かなり大きな)楽しみに「大相撲」があります。
何となくテレビの中継を見ていたら、子供(5歳)が興味を示しました。「月刊大相撲」などを買い与えるとそれも詳しく読む(というか見る)。こちらも嫌いではないので、久々(千代の富士全盛時代以来なので20年ぶり)に、熱心に見るようになりました。
5月の夏場所に、生まれて初めて、両国国技館に観戦に行きました。せっかく行くのだからと、事前に本を購入、勉強することにしました。以下がその一覧です。
「月刊相撲」(ベースボール・マガジン社)
「月刊大相撲」(読売新聞社)
雑誌です。「基本」という感じですが、買ったのは初めてです。どちらも似たような内容で、本場所前の「X場所展望号」と本場所後の「X場所決算号」が交互に出ます。(平成20年5月号は「夏場所展望号」6月号は「夏場所決算号」)
「夏場所展望号」で誰一人注目していなかった琴欧洲が優勝したりしたので、この「展望」もあまりアテにはなりません。(予想とはそういうものかもしれない)
『相撲観戦入門'08』(ベース・ボールマガジン社)
「月刊相撲」を出しているBBM社刊行のムック。初心者向けでわかりやすい。国技館内の写真なども豊富です。舞の海秀平さんの「ここを見れば、相撲が分かる」がとても参考になりました。
『図解 平成大相撲決まり手事典』(新山善一・著 琴剣・絵 国書刊行会)
相撲の全決まり手を解説した本。決まり手は次第に増えて(平成13年にも増えている)現在82手あるそうです。
「おっつけ」とか「引き落としとはたき込みの違い」とか、わかっていそうでわかっていなかったことがよくわかりました。
『大相撲の経済学』(中島隆信 ちくま文庫)
この中ではこの本が一押しです。
経済学の目で相撲界を分析した本で、力士の所得のしくみ、相撲部屋の収支、年寄株とは、特殊なチケット販売制度、などなど相撲好きには興味深い話題ばかりです。通して読むと「相撲界という社会システム」が全体のバランスをとってそれなりにうまく動いていることがよくわかります。
話題の選び方といい書き方といい、この著者も相当の相撲好きとわかり、好感が持てます。
私の相撲に対する態度は「朝青龍支持」「力士は強ければよい」「外国人超OK」「八百長やむなし」なのですが、中島さんも比較的近い意見を持っておられ、そこもうれしいところです。「伝統は一度破壊してしまうと元には戻らない。大相撲の強みは文化性であって競技性ではない」という文章には深く感銘を受けました。
『力士の世界』(33代木村庄之助 文春新書)
33代立行司木村庄之助による相撲入門。行事生活52年、相撲界の生き字引のような方ですが、マニアックな内容ではなく、どちらかというと初心者向け。もちろんそれでも十分おもしろいです。
『大相撲 大変』(松田忠徳 祥伝社新書)
「温泉教授」松田さんによる相撲エッセイ。
内の父親を見るようなウルサ型の相撲ファンで(父は「垣添の仕切りはせっかちでいかん」「把瑠都はあんな相撲じゃダメだ。あそこの親方も現役時代はダメだった」など口うるさく観戦)そういう「一類型」を知る意味ではそれなりにおもしろい。松田さんは温泉ではなくモンゴルの専門家だそうで、モンゴル相撲を詳しく紹介してくれているのはよかったです。
こうして万全の「予習」をつんで望んだ国技館ですが、非常にすばらしかったです。2階席だったのですが、土俵は結構近く(野球よりはるかに近いと思う)力士のぶつかる音や会場のどよめきがリアルに聞こえます。取組も安馬が若ノ鵬を豪快なうっちゃりで下したりして、見ごたえがありました。(この相撲で安馬は技能賞を受賞、負けた若ノ鵬はくやしくて風呂場の壁を殴って破壊、警告処分になりました。でも名古屋ではしっかり借りを返してましたね。)
終了後「ちゃんこ霧島」でご飯を食べたのですが、元霧島の陸奥親方ご本人が顔を見せてくれ、周囲のお客さんともども大興奮でした。子供も満足し、秋場所もぜひ行こう、ということになりました。
この原稿はこれで終わるつもりだったのですが、書店で『親方はつらいよ』(高砂浦五郎 文春新書)を見つけました。朝青龍騒動でも話題になった高砂親方(元大関朝潮)による本です。私は親方の現役時代からのファンなので早速購入。
(現役時代の朝潮を描いたというかからかったマンガ『ワイはアサシオや』も復刊されました。これも懐かしい)
のらりくらりとした内容かと思いきや、弟子の指導方法や時津風問題に対するコメントなど、筋の通ったしっかりしたもので驚きました。(って失礼ですね) 朝青龍騒動のことも率直に語られていて、純粋で直情的な性格ゆえに日本中から袋叩きにあう若者朝青龍と、それに伴う親方の苛烈な体験がすぐそばに感じられます。
あとがきをなんと朝青龍関本人が書いていて、これが二人の信頼関係をうかがわせる名文です。
名古屋場所は白鵬の全勝優勝、大横綱の風格さえ漂う圧倒的な強さでしたが、やはりライバルがいないとおもしろくありません。
朝青龍関も高砂親方も断固応援しますので、とにかく秋場所がんばってください。(読書一郎)
何となくテレビの中継を見ていたら、子供(5歳)が興味を示しました。「月刊大相撲」などを買い与えるとそれも詳しく読む(というか見る)。こちらも嫌いではないので、久々(千代の富士全盛時代以来なので20年ぶり)に、熱心に見るようになりました。
5月の夏場所に、生まれて初めて、両国国技館に観戦に行きました。せっかく行くのだからと、事前に本を購入、勉強することにしました。以下がその一覧です。
「月刊相撲」(ベースボール・マガジン社)
「月刊大相撲」(読売新聞社)
雑誌です。「基本」という感じですが、買ったのは初めてです。どちらも似たような内容で、本場所前の「X場所展望号」と本場所後の「X場所決算号」が交互に出ます。(平成20年5月号は「夏場所展望号」6月号は「夏場所決算号」)
「夏場所展望号」で誰一人注目していなかった琴欧洲が優勝したりしたので、この「展望」もあまりアテにはなりません。(予想とはそういうものかもしれない)
『相撲観戦入門'08』(ベース・ボールマガジン社)
「月刊相撲」を出しているBBM社刊行のムック。初心者向けでわかりやすい。国技館内の写真なども豊富です。舞の海秀平さんの「ここを見れば、相撲が分かる」がとても参考になりました。
『図解 平成大相撲決まり手事典』(新山善一・著 琴剣・絵 国書刊行会)
相撲の全決まり手を解説した本。決まり手は次第に増えて(平成13年にも増えている)現在82手あるそうです。
「おっつけ」とか「引き落としとはたき込みの違い」とか、わかっていそうでわかっていなかったことがよくわかりました。
『大相撲の経済学』(中島隆信 ちくま文庫)
この中ではこの本が一押しです。
経済学の目で相撲界を分析した本で、力士の所得のしくみ、相撲部屋の収支、年寄株とは、特殊なチケット販売制度、などなど相撲好きには興味深い話題ばかりです。通して読むと「相撲界という社会システム」が全体のバランスをとってそれなりにうまく動いていることがよくわかります。
話題の選び方といい書き方といい、この著者も相当の相撲好きとわかり、好感が持てます。
私の相撲に対する態度は「朝青龍支持」「力士は強ければよい」「外国人超OK」「八百長やむなし」なのですが、中島さんも比較的近い意見を持っておられ、そこもうれしいところです。「伝統は一度破壊してしまうと元には戻らない。大相撲の強みは文化性であって競技性ではない」という文章には深く感銘を受けました。
『力士の世界』(33代木村庄之助 文春新書)
33代立行司木村庄之助による相撲入門。行事生活52年、相撲界の生き字引のような方ですが、マニアックな内容ではなく、どちらかというと初心者向け。もちろんそれでも十分おもしろいです。
『大相撲 大変』(松田忠徳 祥伝社新書)
「温泉教授」松田さんによる相撲エッセイ。
内の父親を見るようなウルサ型の相撲ファンで(父は「垣添の仕切りはせっかちでいかん」「把瑠都はあんな相撲じゃダメだ。あそこの親方も現役時代はダメだった」など口うるさく観戦)そういう「一類型」を知る意味ではそれなりにおもしろい。松田さんは温泉ではなくモンゴルの専門家だそうで、モンゴル相撲を詳しく紹介してくれているのはよかったです。
こうして万全の「予習」をつんで望んだ国技館ですが、非常にすばらしかったです。2階席だったのですが、土俵は結構近く(野球よりはるかに近いと思う)力士のぶつかる音や会場のどよめきがリアルに聞こえます。取組も安馬が若ノ鵬を豪快なうっちゃりで下したりして、見ごたえがありました。(この相撲で安馬は技能賞を受賞、負けた若ノ鵬はくやしくて風呂場の壁を殴って破壊、警告処分になりました。でも名古屋ではしっかり借りを返してましたね。)
終了後「ちゃんこ霧島」でご飯を食べたのですが、元霧島の陸奥親方ご本人が顔を見せてくれ、周囲のお客さんともども大興奮でした。子供も満足し、秋場所もぜひ行こう、ということになりました。
この原稿はこれで終わるつもりだったのですが、書店で『親方はつらいよ』(高砂浦五郎 文春新書)を見つけました。朝青龍騒動でも話題になった高砂親方(元大関朝潮)による本です。私は親方の現役時代からのファンなので早速購入。
(現役時代の朝潮を描いたというかからかったマンガ『ワイはアサシオや』も復刊されました。これも懐かしい)
のらりくらりとした内容かと思いきや、弟子の指導方法や時津風問題に対するコメントなど、筋の通ったしっかりしたもので驚きました。(って失礼ですね) 朝青龍騒動のことも率直に語られていて、純粋で直情的な性格ゆえに日本中から袋叩きにあう若者朝青龍と、それに伴う親方の苛烈な体験がすぐそばに感じられます。
あとがきをなんと朝青龍関本人が書いていて、これが二人の信頼関係をうかがわせる名文です。
名古屋場所は白鵬の全勝優勝、大横綱の風格さえ漂う圧倒的な強さでしたが、やはりライバルがいないとおもしろくありません。
朝青龍関も高砂親方も断固応援しますので、とにかく秋場所がんばってください。(読書一郎)
昨日見たが、じつにおもしろい。しかもちょっとタイムリー。某野球選手と某女性キャスターの、まさに「スキャンダル」が世を賑わしているからだ。
ちなみに大竹まことも後にラジオで言ってるが、一緒に番組でパートナーを組んでいるその女性キャスターを番組で「バカ女」と言ったのは愛情表現から。それがスポーツ紙に書かれると「大竹まことも呆れた様子(だ)」となる。呆れてしまうのは新聞の表現のほうだが、この「切り取り方」こそ「意図した情報操作」の代表的なもの。誰か違うというなら先週の木曜のポッドキャストを聞けばいい(「大竹まことのゴールデンラジオ」)。しかも、金曜のオープニングで大竹まことは「ああいうふうに書かれるとなぁ」と困った声を出している。
で、スキャンダル報道には心底興味がない(浮気や不倫が別に悪いことだと思わない)のでこの話は打ち切りだが、映画でおもしろかったのはまさに(虚偽報道された)三船敏郎演じる主人公が、それらの騒動に心底興味がないこと、だからまったく別世界にいるように呑気なこと、志村喬演じる弁護士がどんなに裏切っても、まったく怒ったり憎んだりする様子もないこと。
この「世の中とかけ離れた孤高さ」こそ、監督がなりたかったものではないだろうか。
あと、この映画は「ゆるい」。なんだかわからないが、三船敏郎のキャラからしてふんわりしている。「酔いどれ天使」「静かなる決闘」「野良犬」と真剣でスキなく厳しい「戦後三部作」ともいえる映画を作ってきた監督が、「ちょっと本筋とは離れたゆるい部分を撮りたい」と思って作った映画のようにも思える。喩えていえば、「池袋ウェストゲートパーク」のあとの「木更津キャッツアイ」みたいなものか。ちょっとわかりにくいか。
それがもっともあらわれている場面。本筋とはあまり関係ないシーンで、クリスマスに三船敏郎と志村喬が飲んでいるキャバレーで、酔っぱらった左卜全が「今年はひどかった。来年こそいいことがある」という意味のことを言い出し、「蛍の光」を歌いだすと店中の客がみんなそう願っているかのように歌いだすシーン。ここがじつにいい。
いまなら、「今年はひどかった。来年はもっとひどいだろう」で終わりである。貧乏な中の一筋の希望の光みたいなものが、このころは日本のどんな場末にもあったのである。この映画の「ゆるさ」は、このシーンを撮りたかったことが理由ではないだろうか。って、昨日と同じようなことを書いている。
ちなみに大竹まことも後にラジオで言ってるが、一緒に番組でパートナーを組んでいるその女性キャスターを番組で「バカ女」と言ったのは愛情表現から。それがスポーツ紙に書かれると「大竹まことも呆れた様子(だ)」となる。呆れてしまうのは新聞の表現のほうだが、この「切り取り方」こそ「意図した情報操作」の代表的なもの。誰か違うというなら先週の木曜のポッドキャストを聞けばいい(「大竹まことのゴールデンラジオ」)。しかも、金曜のオープニングで大竹まことは「ああいうふうに書かれるとなぁ」と困った声を出している。
で、スキャンダル報道には心底興味がない(浮気や不倫が別に悪いことだと思わない)のでこの話は打ち切りだが、映画でおもしろかったのはまさに(虚偽報道された)三船敏郎演じる主人公が、それらの騒動に心底興味がないこと、だからまったく別世界にいるように呑気なこと、志村喬演じる弁護士がどんなに裏切っても、まったく怒ったり憎んだりする様子もないこと。
この「世の中とかけ離れた孤高さ」こそ、監督がなりたかったものではないだろうか。
あと、この映画は「ゆるい」。なんだかわからないが、三船敏郎のキャラからしてふんわりしている。「酔いどれ天使」「静かなる決闘」「野良犬」と真剣でスキなく厳しい「戦後三部作」ともいえる映画を作ってきた監督が、「ちょっと本筋とは離れたゆるい部分を撮りたい」と思って作った映画のようにも思える。喩えていえば、「池袋ウェストゲートパーク」のあとの「木更津キャッツアイ」みたいなものか。ちょっとわかりにくいか。
それがもっともあらわれている場面。本筋とはあまり関係ないシーンで、クリスマスに三船敏郎と志村喬が飲んでいるキャバレーで、酔っぱらった左卜全が「今年はひどかった。来年こそいいことがある」という意味のことを言い出し、「蛍の光」を歌いだすと店中の客がみんなそう願っているかのように歌いだすシーン。ここがじつにいい。
いまなら、「今年はひどかった。来年はもっとひどいだろう」で終わりである。貧乏な中の一筋の希望の光みたいなものが、このころは日本のどんな場末にもあったのである。この映画の「ゆるさ」は、このシーンを撮りたかったことが理由ではないだろうか。って、昨日と同じようなことを書いている。
前々回、人生の調子が最悪なときはバクチが当たると書いたが、まだまだ人生の最悪は続いているようだ。
その証拠が今日のこの馬券。単勝、馬連、三連単を効率よく当てている上に、1,2着馬が同着で、「三連単2点的中」。これはなかなか珍しいのでとにかく写メに撮った。しかも200円買っている。
このあとも2レースやってともに単勝しか買ってないレースは単勝的中、複勝も買ったレースは複勝がくるという、ちょっと有り得ない展開。しかし、数千円しか儲からないのでつまらない。当たれば当たるほど「こんなとこで運を使ってどうするんだ!」とイライラ。結局4万くらい勝ったが、なんだかイヤーな気分で中山を後にした。せっかく人生を犠牲にして的中するのなら100万くらい持ち帰らないと気分が悪い。
で、いきなり気分を変えて映画の感想。「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」。といっても、ネタばれではないのでご安心を。
僕はこの映画のシリーズを昔からすごく好きなのだが、反面、この「展開型」のヒーローはなんとかならないものかと感じていた。最初のストーリーのきっかけは「目標型」なのだが、基本的に「来たものと闘う」受け身の展開型。それも「レイダース」「最後の聖戦」はいいのだが、「魔宮の伝説」そして「クリスタル・スカル」にはほとんどヒーローの主体性を感じない。非常にRPG的なストーリーの造形をしているのかもしれないが……。
このことから、いろんなことを考えてしまった(ヒーローのモチベーションとかいろいろ)のだがうまく書けないのでここでは省略。で、この4作目のいいところは、前作から19年ぶりに製作したので、ストーリーも20年後くらいの設定をしていること。つまり、今作のインディは58歳の設定なのである。そして、それにふさわしい物語をしっかり仕掛けておく。なかなか「うまい!」という感じ。
もうひとつ、この映画で一番好きなのは始まって20分くらい経ったあるシーン。本題に入る前のプロローグの最後のあのシーンだ。今回、監督はあれを絶対やりたかったんだろうな、となぜか確信してしまった。

その証拠が今日のこの馬券。単勝、馬連、三連単を効率よく当てている上に、1,2着馬が同着で、「三連単2点的中」。これはなかなか珍しいのでとにかく写メに撮った。しかも200円買っている。
このあとも2レースやってともに単勝しか買ってないレースは単勝的中、複勝も買ったレースは複勝がくるという、ちょっと有り得ない展開。しかし、数千円しか儲からないのでつまらない。当たれば当たるほど「こんなとこで運を使ってどうするんだ!」とイライラ。結局4万くらい勝ったが、なんだかイヤーな気分で中山を後にした。せっかく人生を犠牲にして的中するのなら100万くらい持ち帰らないと気分が悪い。
で、いきなり気分を変えて映画の感想。「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」。といっても、ネタばれではないのでご安心を。
僕はこの映画のシリーズを昔からすごく好きなのだが、反面、この「展開型」のヒーローはなんとかならないものかと感じていた。最初のストーリーのきっかけは「目標型」なのだが、基本的に「来たものと闘う」受け身の展開型。それも「レイダース」「最後の聖戦」はいいのだが、「魔宮の伝説」そして「クリスタル・スカル」にはほとんどヒーローの主体性を感じない。非常にRPG的なストーリーの造形をしているのかもしれないが……。
このことから、いろんなことを考えてしまった(ヒーローのモチベーションとかいろいろ)のだがうまく書けないのでここでは省略。で、この4作目のいいところは、前作から19年ぶりに製作したので、ストーリーも20年後くらいの設定をしていること。つまり、今作のインディは58歳の設定なのである。そして、それにふさわしい物語をしっかり仕掛けておく。なかなか「うまい!」という感じ。
もうひとつ、この映画で一番好きなのは始まって20分くらい経ったあるシーン。本題に入る前のプロローグの最後のあのシーンだ。今回、監督はあれを絶対やりたかったんだろうな、となぜか確信してしまった。

結局、宝塚記念で稼いだ5万円余は、法人住民税なんかに当てずそのまま株式投資へ。住民税は相変わらず滞納とした。やっぱりバクチで得た金はバクチで使うしかない。
そういえば、昨日の朝の文化放送でエコについての特集があり、「2020年の車社会はこうなる!」というテーマで怪しいエコロジストの女性が話していた。
いろいろとエコカーの説明をしたあと、彼女は偉そうに「普段は電車や自転車に乗って、本当にクルマを楽しみたいときだけ好きなクルマに乗る」のがエコの大事なところだと語る。
そこでアナウンサーが「あなたはどんなクルマに乗っているんですか?」と突っ込むと、30年前のイタリア車だという。燃費も排気ガスもエコどころではない。だが彼女は、そこがいかにも重要なように、普段はエコを志して、ゼイタクするときはエコなんて構わずに好きなことをするという。
で、さらにアナウンサーが「他にクルマは持ってますか?」と訊くと、「オープンカーが1台、ワーゲンが1台」。思わず爆笑した。
たぶんあのあとリスナーからの非難のメールで炎上しただろうが、これが普通のエコロジストの正体である。社会問題を「スタイル」にするのは醜い。それに自分だけ酔っているのも醜い。中途半端はすべて醜い。
また、日曜日の爆笑問題のラジオで、グルメだ食通だスローフードだの気取っていても世の中は貧困で自殺や犯罪が多発している。そのことについて太田光が黒澤明の「どですかでん」を取り上げて、
映画の中で、子供たちがサバを茹でて食べようとしていたところに、貧乏なのに食通を気取った父親が出てきて、「サバは生で食べるのが一番なんだ」といってそのまま食べさせる。するとみんな食中毒を起こして子供たちは死んでしまう、というエピソードがある。いまはこの映画の時代とまったく変わっていない。そんな話が詰め込まれているこの映画をいましっかり見るべきだ。
といったことを話していた。ちょうど「どですかでん」を見たところだったので驚いたが、まったくその通りで、この話と、上のエコの話は非常に似た線上にある。
人生楽しむのが大事で、お金をたくさん持っているのなら勝手に自由に楽しめばいい。わざわざエコだなんだとシバリを作って「自分は社会の問題にも大きな関心がある」なんて表現する必要はない。楽しんで享楽して快楽を得て堕落してほしい。「すでに持っている」立場の人間が、社会問題など考える必要はないのである。
逆に何も持っていない人間は、楽しんで享楽して快楽を得て堕落することができない。想像の上では可能だが、実際お金がなければなんにもできない。だから、グルメだなんだと「想像」する。でも実際に目の前に広がるのは絶望的でとても抜け出すことができない貧困だ。なので我々はその貧困から目をそむけて想像を楽しむしかない。で、気がつけばサバに当たって死ぬのである。
僕はただ死ぬのはいやなので、税金や借金を大量に滞納しても、バクチを打ち続けるしかないのである。
そういえば、昨日の朝の文化放送でエコについての特集があり、「2020年の車社会はこうなる!」というテーマで怪しいエコロジストの女性が話していた。
いろいろとエコカーの説明をしたあと、彼女は偉そうに「普段は電車や自転車に乗って、本当にクルマを楽しみたいときだけ好きなクルマに乗る」のがエコの大事なところだと語る。
そこでアナウンサーが「あなたはどんなクルマに乗っているんですか?」と突っ込むと、30年前のイタリア車だという。燃費も排気ガスもエコどころではない。だが彼女は、そこがいかにも重要なように、普段はエコを志して、ゼイタクするときはエコなんて構わずに好きなことをするという。
で、さらにアナウンサーが「他にクルマは持ってますか?」と訊くと、「オープンカーが1台、ワーゲンが1台」。思わず爆笑した。
たぶんあのあとリスナーからの非難のメールで炎上しただろうが、これが普通のエコロジストの正体である。社会問題を「スタイル」にするのは醜い。それに自分だけ酔っているのも醜い。中途半端はすべて醜い。
また、日曜日の爆笑問題のラジオで、グルメだ食通だスローフードだの気取っていても世の中は貧困で自殺や犯罪が多発している。そのことについて太田光が黒澤明の「どですかでん」を取り上げて、
映画の中で、子供たちがサバを茹でて食べようとしていたところに、貧乏なのに食通を気取った父親が出てきて、「サバは生で食べるのが一番なんだ」といってそのまま食べさせる。するとみんな食中毒を起こして子供たちは死んでしまう、というエピソードがある。いまはこの映画の時代とまったく変わっていない。そんな話が詰め込まれているこの映画をいましっかり見るべきだ。
といったことを話していた。ちょうど「どですかでん」を見たところだったので驚いたが、まったくその通りで、この話と、上のエコの話は非常に似た線上にある。
人生楽しむのが大事で、お金をたくさん持っているのなら勝手に自由に楽しめばいい。わざわざエコだなんだとシバリを作って「自分は社会の問題にも大きな関心がある」なんて表現する必要はない。楽しんで享楽して快楽を得て堕落してほしい。「すでに持っている」立場の人間が、社会問題など考える必要はないのである。
逆に何も持っていない人間は、楽しんで享楽して快楽を得て堕落することができない。想像の上では可能だが、実際お金がなければなんにもできない。だから、グルメだなんだと「想像」する。でも実際に目の前に広がるのは絶望的でとても抜け出すことができない貧困だ。なので我々はその貧困から目をそむけて想像を楽しむしかない。で、気がつけばサバに当たって死ぬのである。
僕はただ死ぬのはいやなので、税金や借金を大量に滞納しても、バクチを打ち続けるしかないのである。
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