日日平安
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小悪と巨悪
 NHK職員のインサイダーは攻撃を受けるだろう。わかりやすいからだ。
 日経新聞広告部社員もそうだった。「情報を事前に知る」立場の人間の「儲けバナシ」はわかりやすく攻撃がしやすい。

 でも、かんたんな話で、こいつらは「小悪人」。株価を自在に動かして何億円も儲けまくっている巨悪に比べたら、ただのヒヨっ子。かわいそうだ。そいつらはいま「相場」でまた数百億単位で儲けまくっている。数十万の利益を得たNHK社員くらい社内の便所掃除で許してやってほしい。

 国家は何のためにあるか。それは、国民から税を収奪するためだ。それが国家の定義である。

 それ以外に目的はない。

 だから、ガソリン税の暫定税率延長を止めることなんてあり得ない。
 それは国家の否定だから。
 それより、ガソリン税に消費税がかかっている狂った状態を止めさせるほうが頭がいいのかもしれない。

 年金をもらうにはなぜか「申告」しなければならない。
 源泉徴収も、必ず払い過ぎている。 何にもいわなければ、お金はけっして戻ってこない。

 改めて(使い古された言い方だが)、国家とは「租税収奪」のためのシステムである。
 国民から「お金を奪い取る」ことしか考えていない。

 だから、NHKインサイダー社員も、日経新聞広告部社員も、「しょうがねぇな、いっちゃん」というのが僕の感想である。
『ロリータ』『ロリータ、ロリータ、ロリータ』そして『瘋癲老人日記』 -好日読書vol.20-
 年末から正月の休みに、ナボコフ『ロリータ』(新潮文庫)を読みました。 「ミステリマガジン」のコラムでおなじみ若島正さんの新訳。
 帯に「真の古典」とか「誤解多き世界文学の最高峰」とか書いてあるので、昔よりずっと手にとりやすく買いやすくなりました。

 読んでみたら確かにものすごい傑作で「誤解多き世界文学の最高峰」という評価は伊達ではありません。ただ変態的な小説なのはまちがいなく、世間の評価も誤解だけとは言えないでしょう。
 二部構成で、ありえない展開が次々に起こりたたみかけてくる第一部、あらかじめ定められた悲劇に向かってひたすら疾走する第二部、どちらもたいへん面白かったです。

 訳者若島さんによる『ロリータ、ロリータ、ロリータ』(作品社)も読みました。(「大竹まことゴールデンラジオ」で大森望さんも絶賛されていましたね)
 『ロリータ』という小説がいかに緻密に書かれているか(ある描写が100ページ後の伏線になっていたり、別の描写は200ページ前と対応していたり、一行だけ名前が出てきた登場人物が別の場面に出てきたり・・)を、克明に解説した本です。
 この場面でなぜ壁にゴッホの絵が掛かっているのか、なぜ黒人の女中が出てくるのか・・・まったく気づかなかった些細な描写の「意味」「仕掛」が推理されていくさまは、スリリングな驚きに満ちています。

 『ロリータ』を読みながら、私の頭をよぎったのは、谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』でした。インテリ男性が年下の女性に妄想をいだき、それを一人称で書く、というスタイルはそっくりです。(後半旅行に行くところも同じですね)
 「小説としての面白さ」「緻密さ」「変態度」どれをとっても両者ガップリ四つというか、一歩も譲らぬというか、そういう感じです。
 もしかすると谷崎は『ロリータ』を読んで刺激を受けて『老人』を書いたのではないか・・実は年代的にはピッタリ合うのです。『老人』は昭和36年の作。『ロリータ』の翻訳が出たのは昭和34年。谷崎のような人が「アメリカでスキャンダラスなベストセラー」ましてや「少女に性的感情を抱き破滅する男の話」という自分のお家芸のような小説を読んでいないはずはないと思いますし、一読してこの作品の価値もすぐ見抜いたのでしょう。「俺ならもっとすごいやつがを書ける」と執筆したのが『老人』。傍証はありませんが、そんな想像をしてしまいました。(川端康成の『眠れる美女』もそうかもしれない)(読書一郎)
年末年始
 年末年始、またもや地方都市ツアーと相成った。インターネットというものは、つながる環境にいれば当然のものだが、ひとたび地方へ行くとなかなかつながる環境に恵まれない。というわけでブログはまったく手付かずとなってしまった。

 で、いつもの通り愛知県某市で仕事をしてから北陸の某町に帰省した。久々会う友人に迎えに来てもらうと、クルマがなんとプジョーのカブリオレ。「田舎の軽自動車社会へのハンパツだよ」と本当かどうかわからないことを言っていたが、乗り心地は非常によい。中古なら安く手に入るらしいから、こういうクルマならほしい気がする。
 そしてなぜか昼からカラオケ。それも、2時間全曲オフコースと小田和正づくし。「普通のカラオケじゃ、誰も知らないからあんまり歌えない」と言っていたが、確かにその通りで、かなりのファンでなければ知らない、めったに歌えないような曲を交互に歌う。しかしオフコースの曲はどれも、絶対歌えない高さのキーが必ず一箇所はある。それを無理やり歌うものだから、終わったころには声がボロボロ。

 実家に帰ると、いつの間にか48インチのテレビがあった。普通の家に48インチのテレビは僕の価値観では「カッコ悪い」ことだと思っていたので驚くが、民放が2局しかない地方で、BSやCSなど多チャンネルが見れるのは静かな田舎暮らしにはいいことだろう。で、そんな環境もあり、「インディ・ジョーンズ」シリーズや、「邪魔者は殺せ」「ハンター」「素晴らしき哉、人生」など手持ちのDVDを立て続けにみる。「素晴らしき哉、人生」はまさに素晴らしい映画だった。スピルバーグ映画や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のルーツというか元ネタはここにあるのがわかった。もちろん、この映画自体もディケンズの「クリスマス・キャロル」から類型を持ってきているのだろうが、「ファンタジー」を道具に「現実」で大事にしなければいけないことを鋭く描いているのがいい。

 「虹の女神」という映画もBSで見た。上野樹里主演の映画だが、大学の映画研究会を舞台にしたドラマで、なんともピュアでいい映画だった……とまあ、年末は映画三昧だったわけだが、そのせいで睡眠時間のバランスが崩れ、体調は最悪に。東京に戻ってきてから一昨日まで寝込んでしまった。またすぐに地方都市へ飛ばなければならない。

 で、新幹線の中で今年最初に読んだ本で猛烈にオススメなのが竹熊健太郎の『箆棒な人々 戦後サブカルチャー偉人伝』。猪木対アリ、オリバー君、家畜人ヤプーなどを仕掛けた康芳夫、挿絵画家の石原豪人、それに「おふくろさん事件」で有名になってしまった川内康範などへのインタビュー集で、「クイック・ジャパン」に連載されていたものだ。中では川内康範の章が一番おもしろい。本当の反骨、闘う思想家とはこういう人をいうのだろう。「おふくろさん事件」は老害なのだろうか、反骨なのだろうか。
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