絵日記 日日平安 2007年03月
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コンピュータは名人を超えられるか(後編) -好日読書 vol.12-

 推理小説の祖、エドガー・アラン・ポオも「メルツェルの将棋指し」という、チェスをする機械の話を書いています。1836年、コンピュータの原型のような機械(人が手でハンドルをまわして動かす)ができたかできなかったかという時代です。
 これは小説ではなく、一種のドキュメンタリーで、メルツェルという人が「チェスをする」機械仕掛の人形を持っていて、それで見世物の興行をしている。ゼンマイ仕掛で動き、かなり強い。
 ポオは「そんなことができるわけがない。中には人間が入っているのだ」ということを自信満々に論証していきます。
 「機械的な計算はきまった手順で行うことが可能だが、チェスはそうではない」とか「機械にチェスのゲームを勝たせる原理が見つかったのなら、機械は常に勝たなくてはならないはずだ」とか、その内容は非常にもっともなもので、機械がチェスをして人間に勝ったりするほうがよほど不思議な気がします。

 私が持っている『ポオ小説全集』(創元推理文庫)所収の「メルツェルの将棋刺し」を訳したのは小林秀雄。(「将棋刺し」となっていますが「将棋指し」ではないでしょうか)
 『江戸川乱歩推理文庫 書簡 対談 座談』(講談社)という本の中で、小林は江戸川乱歩と対談していて、なんとコンピュータ将棋の話をしています。

 小林 人工頭脳というものがあって将棋を指すっていうんですよ。(中略)僕はすぐこれは怪しい。ウソだっていったんだ。

 対談が行われたのは昭和三十二年。IBMが初の商用コンピュータを作ったとかそういう時代で、将棋をするコンピュータなんてある筈もなく、その話は嘘でした。小林は「メルツェル」を思い出したと言っています。
 対談はその後、コンピュータ将棋の原理のような話になります。

 小林 数を計算するの、これが考えられないほど早くできるってこと、これが人工頭脳でしょう。だけどこっちにするか、あっちにするかということは全然範疇の違ったことじゃないか。(中略)だから機械的にはできないよ。

 江戸川 判断といいますけどね、たとえば五十種類なら五十種類の判断がある場合、一つずつ機械でやったら、どれかコチッと当たるということでいくんじゃないですか。

 小林 できるが無限に多くなるんだ。その判断という奴が一つでも入ると計算はとても大きな数になるんですよ。(中略)計算は不可能ではない。その代り、たいへんな時間がかかるでしょう。計算の速力は無限ではない。

 驚いたことに、お二人ともまったく正しいことを言っています。乱歩の言っていることはコンピュータ将棋の原理そのものですし、小林の主張も昭和三十二年でのコンピュータの性能を考えるとまったく正しい。

 現代の技術は、普通の人間の想像力をはるかに超えたところまで進んでいる、ということなのでしょう。(読書一郎)
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[ 2007/03/26 00:18 ] 好日読書 | TB(0) | CM(0)
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