帰国。といってもなんのことかさっぱりだが、クリスマスイブよりヤローと二人で海外逃亡を図って本日帰国。
詳しくは近日中(来年になるかも)にホームページにUPするが、なによりのショックは有馬記念惨敗。台北の空港のインターネットサービスで今朝確認するも、トータル9万円余りがぶっとんだ。台北の空から僕らの馬券にノッてくれた野球部のみんなに懺悔。ごめん。今年の不運をこれで払拭して来年の幸運を祈ってます。
で、来年は二人とも競馬から足を洗うことに決める。
詳しくは近日中(来年になるかも)にホームページにUPするが、なによりのショックは有馬記念惨敗。台北の空港のインターネットサービスで今朝確認するも、トータル9万円余りがぶっとんだ。台北の空から僕らの馬券にノッてくれた野球部のみんなに懺悔。ごめん。今年の不運をこれで払拭して来年の幸運を祈ってます。
で、来年は二人とも競馬から足を洗うことに決める。
『焦茶色のパステル』(初版1982年9月)
『明日天気にしておくれ』(初版1983年10月)
ずっと品切れになっていた岡嶋二人の文庫本がこのたび一挙に重版され、そのうちの何冊かを購入。とくに競馬を知ってからこの2冊はずっと再読したいと思っていた。
当時、『明日天気にしておくれ』のほうはトリックのすごさ(もちろん競馬を使った)だけで楽しめたのだが、『焦茶色のパステル』はどうにもわからなかった。何がわからないって、8大クラシックの価値とか血統の重要さなどの「常識」。それがわからないとやはりこの小説はいまひとつピンとこない。というか、いまだに馬の毛の色など「芦毛のヒシミラクル」しかわからなかったりするのだが……。
で、今回の再読は非常に楽しめてよかったという話。競馬が好きな人には2冊ともオススメ。
岡嶋二人はもともと二人の作家の共作筆名なのだが、いまは片方の井上夢人しか書いていない。岡嶋二人には他にも『そして扉が閉ざされた』『クラインの壺』という傑作がありこれもオススメなのだが、『おかしな二人』という岡嶋二人コンビの顛末記を読むとこれらはほとんど井上夢人が書いていた模様で、明らかに上記二冊とは作風が違う。この『おかしな二人』も非常に生々しい傑作ドキュメントなので、ぜひこれらあわせて5冊は入門編として必読、買えるのはいまのうち、かも。
『明日天気にしておくれ』(初版1983年10月)
ずっと品切れになっていた岡嶋二人の文庫本がこのたび一挙に重版され、そのうちの何冊かを購入。とくに競馬を知ってからこの2冊はずっと再読したいと思っていた。
当時、『明日天気にしておくれ』のほうはトリックのすごさ(もちろん競馬を使った)だけで楽しめたのだが、『焦茶色のパステル』はどうにもわからなかった。何がわからないって、8大クラシックの価値とか血統の重要さなどの「常識」。それがわからないとやはりこの小説はいまひとつピンとこない。というか、いまだに馬の毛の色など「芦毛のヒシミラクル」しかわからなかったりするのだが……。
で、今回の再読は非常に楽しめてよかったという話。競馬が好きな人には2冊ともオススメ。
岡嶋二人はもともと二人の作家の共作筆名なのだが、いまは片方の井上夢人しか書いていない。岡嶋二人には他にも『そして扉が閉ざされた』『クラインの壺』という傑作がありこれもオススメなのだが、『おかしな二人』という岡嶋二人コンビの顛末記を読むとこれらはほとんど井上夢人が書いていた模様で、明らかに上記二冊とは作風が違う。この『おかしな二人』も非常に生々しい傑作ドキュメントなので、ぜひこれらあわせて5冊は入門編として必読、買えるのはいまのうち、かも。
『悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」グレート東郷―』森達也(初版2005年11月)
グレート東郷といえばまず『空手バカ一代』や『ジャイアント台風―ジャイアント馬場物語』などのマンガを思い出す。単身アメリカに渡った大山倍達やジャイアント馬場がマネージメントをしてもらうアメリカでの「ヒール(悪役)レスラー」だ。ヒールに徹して一財をなした謎めいた日系人、それがグレート東郷である。
この本はグレート東郷の謎に迫ったルポルタージュともいえるが、著者がテレビのドキュメンタリー作家なのでどちらかというと語り口はまさにドキュメンタリーっぽく、真実や事実の追求というより対象に対する興味、人間的なおもしろさ、ヒューマンインタレストを求めている感じがする。それはそのままグレート東郷自身のユニークな存在性を示す。
だいたい、単身海を渡り一旗挙げるには「肉体」を使うしかない。差別される存在から抜け出すには「肉体」を駆使して「マネー」をゲットする。それが世界共通のルールだ。戦後日本の英雄・力道山が在日一世であることはあまりに有名な話だ。
差別される側の立場の人間がのしあがっていくストーリーは非常におもしろく頼もしい。体制・権力への復讐だ。グレート東郷が悪役としてアメリカでのしあがり大金持ちになり、アメリカ白人(WASP)の価値観を相対化し、権力に立ち向かう……そんなストーリーはこの本にはどこにも書かれていないが、グレート東郷という身体的存在が無言でそう語っている。
ともかく「岩波新書がプロレスか!」というサプライズ以上におもしろい本。必読。
グレート東郷といえばまず『空手バカ一代』や『ジャイアント台風―ジャイアント馬場物語』などのマンガを思い出す。単身アメリカに渡った大山倍達やジャイアント馬場がマネージメントをしてもらうアメリカでの「ヒール(悪役)レスラー」だ。ヒールに徹して一財をなした謎めいた日系人、それがグレート東郷である。
この本はグレート東郷の謎に迫ったルポルタージュともいえるが、著者がテレビのドキュメンタリー作家なのでどちらかというと語り口はまさにドキュメンタリーっぽく、真実や事実の追求というより対象に対する興味、人間的なおもしろさ、ヒューマンインタレストを求めている感じがする。それはそのままグレート東郷自身のユニークな存在性を示す。
だいたい、単身海を渡り一旗挙げるには「肉体」を使うしかない。差別される存在から抜け出すには「肉体」を駆使して「マネー」をゲットする。それが世界共通のルールだ。戦後日本の英雄・力道山が在日一世であることはあまりに有名な話だ。
差別される側の立場の人間がのしあがっていくストーリーは非常におもしろく頼もしい。体制・権力への復讐だ。グレート東郷が悪役としてアメリカでのしあがり大金持ちになり、アメリカ白人(WASP)の価値観を相対化し、権力に立ち向かう……そんなストーリーはこの本にはどこにも書かれていないが、グレート東郷という身体的存在が無言でそう語っている。
ともかく「岩波新書がプロレスか!」というサプライズ以上におもしろい本。必読。
『サルに教える映画の話』井筒和幸(初版2005年10月)
だいたい映画の本はツボにはまると一気に読んでしまうのだが、この本はそのパターン。今年「パッチギ!」という名作を送り出した井筒監督が「こちトラ自腹じゃ」などと毒舌をかますのではなく、「すばらしい映画」をきっちりホメていく。
当然だが、映画についての膨大な知識、きめ細かい記憶力、ホメるときの論点の鋭さ、映画は具体であるべきで抽象をやってはいけない、だから「千と千尋の神隠し」は「顔なし」いうて逃げるな……といったことまで、非常に具体的な論が展開される。いままで僕は一度も宮崎アニメがいいと思ったことがなかったのだが、こういう指摘があるとありがたい。
というわけで「飢餓海峡」が無性に見たくなってしまった。そういう本である。
だいたい映画の本はツボにはまると一気に読んでしまうのだが、この本はそのパターン。今年「パッチギ!」という名作を送り出した井筒監督が「こちトラ自腹じゃ」などと毒舌をかますのではなく、「すばらしい映画」をきっちりホメていく。
当然だが、映画についての膨大な知識、きめ細かい記憶力、ホメるときの論点の鋭さ、映画は具体であるべきで抽象をやってはいけない、だから「千と千尋の神隠し」は「顔なし」いうて逃げるな……といったことまで、非常に具体的な論が展開される。いままで僕は一度も宮崎アニメがいいと思ったことがなかったのだが、こういう指摘があるとありがたい。
というわけで「飢餓海峡」が無性に見たくなってしまった。そういう本である。
HPや当ブログをみてくれている人たちにはどうも僕はTULIPやクイーンばかりで育ったようにみえるかもしれないが、僕が生まれて最初に買ったシングルレコードはオフコースの「さよなら」だ(残念ながらアルバムは松山千春の「起承転結」。「季節の中で」とかが入っているベストだったが、上の姉が下宿先の京都から持って帰ったオフコースの「セレクション73-78」を聴いてぶっ飛び、松山千春はまったく聴かなくなった)。
で、今日(12/6)は小田和正のライブ。なんと(たぶん)10年ぶりくらい。チケットが取りにくかったというのもあるが、10年ぶりといえばTULIPが解散してから再結成するまでより長い。東京に来たころは第一生命のおばちゃんをだまし込んでチケット安く手に入れたりして毎年のように武道館に行ってたものだが。今回のチケットももちろん何度も抽選もれで取れず、追加公演を最初からA席を狙ってようやく取れたものだ。
A席だけにステージの真後ろの席だったが、ステージのコンセプトが全方位に向いており、アリーナのあちこちに舞台が伸びておりメインステージがあちこち動くので、さながら武道館がライブハウスのようだった。アンコールではゲストに「ゆず」まで出てきて生ギターで「夏色」とかやりだすのでなおさらだ。
それはともかく、小田和正は相変わらずアグレッシブだ。2本の映画製作、一連のテレビ「クリスマスの約束」「風のようにうたが流れていた」など、やることがどれも非常にリスキーでたいへんなチャレンジである。それらがどれくらいたいへんなことか詳細は書かないが、ある意味「自分のステータスやブランドを捨てて進む」方法。まるで岡本太郎だ。そしてキーワードは「生真面目」で「潔い」。
10年前より何もかもスケールアップしている50代半ばというのはほんとにすごい、の一言。
で、今日(12/6)は小田和正のライブ。なんと(たぶん)10年ぶりくらい。チケットが取りにくかったというのもあるが、10年ぶりといえばTULIPが解散してから再結成するまでより長い。東京に来たころは第一生命のおばちゃんをだまし込んでチケット安く手に入れたりして毎年のように武道館に行ってたものだが。今回のチケットももちろん何度も抽選もれで取れず、追加公演を最初からA席を狙ってようやく取れたものだ。
A席だけにステージの真後ろの席だったが、ステージのコンセプトが全方位に向いており、アリーナのあちこちに舞台が伸びておりメインステージがあちこち動くので、さながら武道館がライブハウスのようだった。アンコールではゲストに「ゆず」まで出てきて生ギターで「夏色」とかやりだすのでなおさらだ。
それはともかく、小田和正は相変わらずアグレッシブだ。2本の映画製作、一連のテレビ「クリスマスの約束」「風のようにうたが流れていた」など、やることがどれも非常にリスキーでたいへんなチャレンジである。それらがどれくらいたいへんなことか詳細は書かないが、ある意味「自分のステータスやブランドを捨てて進む」方法。まるで岡本太郎だ。そしてキーワードは「生真面目」で「潔い」。
10年前より何もかもスケールアップしている50代半ばというのはほんとにすごい、の一言。
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