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「ジョニーは戦場へ行った」(1971)

 学生時代、豊橋という街の「ホリデースクエア」という駅から離れた場所にホテルとかボーリングとか映画館とか、あと、当時はディスコ(一瞬でなくなったが)なんてものが集まっているバブルの残滓みたいな場所があり、そこにあった「ホリデイ・イン・シアター」という映画館では、結構昔の名画がかかったりしていた。夜18時と21時の回しかなく、ほとんどお客もいなかったが、これもバブルの残り香がある設備だけは真新しいきれいな映画館で、結構しょっちゅう入り浸っていた。

 先日「ジョニーは戦場へ行った」をDVDで見返して、そんな映画館を思い出したのはどうしてかわからないが、ともかくあまりの衝撃に見終わってすぐ立ち上がることもできず、たぶんそれ以来自分は閉所、暗所、狭所恐怖症になったのだと思う。それぐらい「怖い」映画だ。DVDはずいぶん前に買っていたが、怖くて数年見返せなかった。

 それ以上、この映画についてはなんにも語ることができないというか、まさに「人間が味わう絶望の淵」の頂点をみせつける映画で、町山智浩さんが語る下記YouTubeを聞いてもらうのが一番わかりやすい。

 【必見!】町山智浩が選ぶ最恐映画。「死の恐怖を超える映画体験。」~ジョニーは戦場へ行った~

 ここでも語られているが、人間はどんな苦痛な目に遭っても、じつは本当に絶望的なのが「自らの意思をどこにも伝えられないこと」である。戦争で両腕、両足、目、耳、口を失った青年の現状と回想、そしてようやく外の世界へ思いを伝える手段を得るが……というこの物語は、たとえでもなんでもなく「究極の反戦映画」であるが、それが赤狩りで「言論」や「表現」を封じられた監督・脚本のドルトン・トランボの思いと重なると考えるとさらにテーマは深く、しかもそれはじつは、「封じられた」人間だけの問題ではない、人間全体が普遍にもつ「孤独」と「絶望」のことだと気づくと、この映画はさらに怖く、恐ろしく、どうしようもなく悲しいものになる。(管理人)

※トランボについてはこちら
 → http://ci5.blog20.fc2.com/blog-entry-1657.html
   http://ci5.blog20.fc2.com/blog-entry-1659.html

20200615
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[ 2020/06/15 11:45 ] 映画 | TB(0) | CM(0)

「イエスタデイ」(2019・イギリス)

 生活必需品の配送優先によってアマゾンなどのネット書店で在庫切れ急増というニュースが流れていたが、それはもっともなことで、ぜひとも生活必需品を最優先してほしい。

 が、ヒマに任せて注文してしまったDVDが届いたのですぐみた。

「イエスタデイ」(2019・イギリス)
 もしビートルズがいない世界があったら……というファンタジーだが、こういう映画をサラリとつくってしまうのがイギリスであり、見終わって感じるのはやはり「圧倒的なビートルズの凄さ」である。

 というか、たとえば僕らがビートルズ(とそのフォロワーたち)の音楽を聞き育ってきたからあのメロディにすぐ反応してしまうのか、ビートルズが最初から徹頭徹尾世界中の「スタンダード」だからすべての人たちが反応するのか、少し考え込んでしまったが、まあ「いいものはいい」という結論で全然かまわない。

 ともかく、どんな観客がみてもスッとビートルズに入ってしまい、圧倒的なその凄さをたたえてしまう。安直な映画だが、じつはこれまでなかった素晴らしい映画、かもしれない。(管理人)
 
20200513
[ 2020/05/13 16:28 ] 映画 | TB(0) | CM(2)

「Fukushima 50」その3

 映画をみてもいない人から「プロパガンダ映画だ」といわれると力が抜けるが、この映画をみて「原発は大事だ、再稼働しなければ」と考える人がどれだけいるか、それが答えだと思う。

 しかもこの映画は原発再稼働のプロパガンダでも東電や自民党のプロパガンダでも、ましては原発反対のプロパガンダですらない。「誰かに命令されたわけでなくとも「現場」にいざるを得なかった人たち」の活動の記録であり、そこには思想も教化も宣伝もない。思想も教化も宣伝もないということだけが、あの日「極限」をみた人たちのむき出しの姿であり、遠く離れた場所からほんの少しだけ「極限」を垣間みた僕たちの姿でもあるのである。(管理人)

20200313
「馬鹿ども」ゴロ八と僕のバースディケーキ(笑)。すでに1か月近く前の話。
[ 2020/03/13 14:34 ] 映画 | TB(0) | CM(0)

「Fukushima 50」その2

 人間の言説とは非常に偏っているもので、結局「どちらかの立場」からしか物事を考えられない。

 たとえば僕は昔から「左翼的」だといわれているが、「真っ当なことを正論で言う人間が左翼的」という見方でいえばたしかに左翼なのだが、僕自身が左翼だと思ったことは一度もない。「マルクスを読むのは左翼」という50年前からある愚鈍な常識が色あせないのも不思議だが、マルクスが『資本論』で行っているのは「商品の分析」であり、「思想」ではない。

 そういう意味で、「Fukushima 50」原作の門田氏が安倍晋三派だということで「Fukushima 50」がプロパガンダ映画だ、という言説はあまりに思想的、政治的で、こういう考え方で動いている人は「そこで実際にあったこと=事実」よりも、「誰かが明確な意図を持って何かを動かしている=陰謀的な意思」が大事で「事実」をみることをしない。それはつまり、『資本論』を読まないで左翼を語ることに限りなく近い、ということである。

 というわけで、昨日は「3.11」で、文化放送「がんばれジャパン」のジングル(2011.3.13放送の「くにまるジャパン」で流れたジングル)を久しぶりに聴いた。当時、ゲンゴロウさんが送ってくれた「ヨウ素剤」のことを思い出した。あのときの3月12日、日本はまだ滅亡の危機の真っ最中だったのである。(管理人)

20200312
当時、実家の親経由でゲンゴロウさんから送られたヨウ素剤。東日本に「住めなくなる」恐怖がリアルだった。
[ 2020/03/12 08:21 ] 映画 | TB(0) | CM(0)

「Fukushima 50」その1

 昨日は「元祖旅打ち団」3人で浅草ケイバ。

 といっても、WINSもやっておらず浅草に行く意味はほとんどないのだが、ともかく集まらないとケイバもおもしろくない。

 そういえば2011年4月の桜花賞はこのメンバーで阪神に行った。当時、震災直後で真っ暗な東京の「自粛モード」を吹き飛ばすために行ったのだが、同じメンバーで来た浅草もまたガラガラ、自粛モードで完全なる既視感。阪神のときと違ってケイバは大負けしたが、人のいない浅草に金を落とすのもまた大事なことだ。

 9年前の阪神の様子 → http://ci5.blog20.fc2.com/blog-entry-793.html

 ともかく、9年前とは完全に「別人」となったTACOさんが目の前で10万円とか儲けて、その10万をそのままメインの単勝に突っ込む、なんてのを横目でみてるとこっちの馬券も荒れる(笑)。負けるべくして負けたという一日だった。

 で、先週は世の中に反して1週間飲みっぱなし、外出しっぱなし、お金を浪費しまくりで土曜も飲み会だったのだが中止になったので「Fukushima 50」を見に行った。

 これがともかく傑作で、まずは日本中の人々がみるべき映画である。内容の詳細は原作の『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』(門田隆将著)を読んでから書くので、今回は「その1」なのである。必見。

 ちなみに来週予定していた原発視察は本日中止の連絡。残念。(管理人)

20200309
[ 2020/03/09 13:25 ] 映画 | TB(0) | CM(0)
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