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藪原検校

 地元から親族(甥)が遊びに来ていて先週から出ずっぱり。まったくの無更新だった。

 その間、こまつ座・井上ひさしの芝居「藪原検校」をみた。

 生まれついての盲人が次々と人を殺してのし上がっていくという「悪人物語」だが、最初から「ビハインド」でどうしてものし上がれないのは世の中のほとんどの人間みな共通であり、それは自分も同じだ。「のし上がる」ために何に手を染めるか。それは「殺人」でも「バクチ」でも「株式投資」でもメンタリティはほとんど変わらない。地方から都会へ、被差別民から差別する側へ、どのようにしたら移動できるのか。

 だからこそこの芝居の主人公は「自分」である。露悪的というか、あくまで俗人、悪を突き詰めて「上に上に」だけを考えていく(でも実現できない)姿はやはり僕自身であり、でもそれは「ピケティ」的負け犬ではない、どこか、きちんと共感できる「負け犬」なのである。(管理人)
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[ 2015/03/24 22:01 ] 演劇 | TB(0) | CM(0)

「寿歌」(ほぎうた)

 今年は月に1回くらい芝居にでも行こうと考え、とりあえずチケットをとって行ってきた。初台の新国立劇場。

 北村想脚本、1979年初演の名作らしいが、出演が堤真一、戸田恵梨香、橋本じゅんと、いやはやなんとも、のキャスティングである。ひさびさ「芝居」の醍醐味を感じるもので、わかりにくく理屈はない。でも、小説や映画とは違う「何かをみた」感覚が残り、「その場でしかない芸術」という言葉を思い出した。ラスト、三角形の雪びらがよかった。こういう時間は心地よい。来月も何か行こう。

 とはいえ、最前列でみる小劇場の戸田恵梨香というのもなんとも真っ白で良いもので、ダブルで圧倒された。芝居はやっぱりいいなぁ。(管理人)
[ 2012/01/17 22:14 ] 演劇 | TB(0) | CM(0)

「父と暮せば」(こまつ座)

 久しぶりに、故井上ひさし氏の「父と暮せば」を観賞。

 「父と暮せば」といえば、すまけい梅沢昌代のイメージがあって、役が替わってからはみてなかったが、今回の辻萬長、栗田桃子は素晴らしかった。
 そもそもすまけいの後なら辻萬長しかなかったわけで、じゃあ、梅沢昌代のあとは、といえばやはりこの人なのだと思う。

 戦後66年、井上ひさし氏も亡くなったいまとなっては、これら「戦争」を問い続ける形がどんどんなくなっていく。この芝居も、あと、「きらめく星座」「闇に咲く花」「雪やこんこん」の昭和庶民伝三部作なども、いつまでも上演し続けてすべての日本人に「戦争の記憶」を反芻し続けてほしいものである。(管理人)

[ 2011/08/19 13:11 ] 演劇 | TB(0) | CM(0)

「化粧」(井上ひさし)


 衝動的に芝居をみたくなったので、紀伊國屋ホールでやってる「化粧」を見に行った。
 「化粧」といえば渡辺美佐子が30年近く、国内、海外と600回以上公演していた一人芝居。昨年千秋楽を迎え、今年は平淑恵が演じる。

 それにしても紀伊國屋ホールとはひさしぶり。ここ数年、なんとなく芝居から遠ざかっていて(このブログによると最後が2006年4月、その前はまだまだ遡るはずだ)、どんな感じかと思いきや、まるでタイムマシン。数年、少なくとも5、6年以上前と同じお客たちが、まったくそのままの姿で来ているよう。同じようなタイプの同じような表情をした人たちが同じように行き交っている。そこらじゅうに置かれた芝居のチラシもまったく変わらず。世の中こんなに変わっているのに、新宿のど真ん中のここだけは何一つ変わらない。

 渡辺美佐子版「化粧」は三回ほどみていて、たしか最初は両国のベニサンピットという小劇場。大衆演劇の芝居小屋の楽屋で女座長がメイクをしながら語るのが圧巻で、しかも客席が彼女のみる「鏡」であり、その不思議な客席とのあいだの空間こそがまさに芝居、という感じ。緊張しながらみたのを思い出す。今回はベニサンピットよりも劇場が広く、席が後ろのほうでいかにも「遠いな」と思って見始めたのだが、芝居が進むに従って舞台がこちらにせり出してくるような感覚になり、逆に迫力があった。平淑恵さんにも長く続けてもらいたい。(管理人)

追記 ベニサンピットは残念ながら2009年1月になくなっている模様。
[ 2011/01/15 21:35 ] 演劇 | TB(0) | CM(2)

「組曲虐殺」(井上ひさし)

 井上ひさしの「遺作」、というか最後の「新作」になってしまったこの芝居は小林多喜二について書かれた音楽劇。BSでみた。

 「いつもの」主人公、「いつもの」警察、「いつもの」女性たちが出てきて、相変わらず「いつもの」井上ひさしの芝居になっているところが素晴らしかった。東京に来てから縁あって数々のこまつ座の芝居を見せてもらったが、どこにもあるのは「人間のおもしろさと矮小さ」。たとえば、警察や特高など権力の「仮面」をつけている人間がどこかでひょいと「変わる」瞬間、そのあたりの人間の多面性みたいなところが井上芝居の真骨頂だったような気がする。一面的な見方ではあるが。この芝居にも当然そんなキャラクターが出てきて、やっぱり彼らが一番魅力があると思う。(管理人)
[ 2010/05/21 12:12 ] 演劇 | TB(0) | CM(0)
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