絵日記 日日平安 本
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赤松利市を読む vol.1『藻屑蟹』『ボダ子』『鯖』

 「エヴァンゲリオン」というのが昔から嫌いで、なんせ大仰すぎる。自分のアイデンティティとか個人的な問題を言ったかと思えば「人類補完」とか、まあ、水島新司先生の「引っ張り」の野球もひどいものだが、「エヴァンゲリオン」の100倍以上愉しい。
 そもそも、大昔に「お金」と「スケジュール」で失敗した作品をここまで再生産する価値はこのアニメにはない。

 アニメとか動画とかをつくる「高度な」技術に依ってしまった人の最期はこういうものなんだろう。つまらない芸術だ。

 というわけで、赤松利市著『下級国民A』『アウターライズ』に続き、3冊続けて読んだ。これがまた凄かった。凄すぎた(笑)。「エヴァンゲリオン」みたいな駄作をつくりつづけている人に見習ってほしい傑作群。

(『下級国民A』『アウターライズ』については下記参照)
 http://ci5.blog20.fc2.com/blog-entry-2190.html
 http://ci5.blog20.fc2.com/blog-entry-2189.html

『藻屑蟹』『ボダ子』
 赤松氏が被災地事業からも出奔して東京でホームレス同然のアルバイト生活をしていたころに書いたのが『藻屑蟹』で、これが大藪春彦新人賞を受賞した。被災地事業をやりながら境界性人格障害の娘と生活している頃のことを描いたのが『ボダ子』で、これは本やウェブのインタビューで「ほぼ実話」と明記している。ノンフィクションとして書かれた『下級国民A』と併せて読むと、そのときの状況が時系列につながって非常によくわかる。

 と書いていくとなんでもない自叙伝的小説にも思われるかもしれないが、内容が凄すぎてとてもここでは説明ができないことと、「人の欲望」と「狂気」、「金」にまつわるいわゆる梁石日の大阪時代的、 在日朝鮮・韓国人社会の世界が、「被災地」と「賠償金」という2011年の日本にいきなり現れた「欲望の渦」というかいまでいえば「欲望のウイルス」のようなものによって現前する。させられる。
 「T電力」という国家権力か一企業の巨悪なのかよくわからない企業の力と意思、金と権力によって人々が踊らされる。その渦中に小説の主人公たちが七転八倒する。

 主人公たちはそこを様々な不条理な目に遭いながら渡り歩き、でも打ちのめされ、どんどん敗残者の道を歩かされる。そういう小説である。

 説得力があったのが、『藻屑蟹』に書かれている「分断」の話である。「被災者への莫大な賠償金」が原発避難民と一般市民を「分断」している。莫大な賠償金で避難民を骨抜きにし、一般市民の差別(嫉妬ややっかみ)の対象とし、両者が団結できないようにする施策である。放射能は目に見えないが、「隣に一億円もらった人がいる」となるとあっという間に「目に見える」差別の対象となる。それを巧みに利用した人心(原発反対)の分断の施策、というのは聞いてみればまさに納得できる狡猾な戦略である。

 『鯖』については次回。(管理人)

20200524
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[ 2020/05/24 21:11 ] | TB(0) | CM(0)

東北独立譚 Vol.2『アウターライズ』(赤松利市)を読む

 東日本大震災に匹敵する災禍「アウターライズ」に見舞われた東北だったが、規模に比して抑えられた被害状況を公表した。どんな対策を講じたのかと注目が集まる中で突如、東北県知事会が“独立宣言”を行った。それから三年、一切の情報が遮断された国へと変容した東北に、ジャーナリストたちが招かれる……。(アマゾンの説明文より)


 という物語である。これがまた、非常におもしろい。コロナ禍で在宅を余儀なくされている人すべてに「国体」を考える本としてぜひ読んでほしい。

 日本は狭い国だが、狭い国だからこそか、昔から「大国」然としている。古来からの北海道や沖縄、東北という「辺境」に対する「差別」や「圧政」はいま始まったことではない。

 「東北独立」の思想的背景としてこの本に書かれている「東北人と日本人」というコラム(もちろん架空)には、東北地方が日本のエンジンと呼ばれた「集団就職」や「金の卵」の話、福島第一原発で発電する電力はすべて東京のためのものなのに、事故が起こると東京が津波の瓦礫を受け入れ拒否をしたこと、また、東北を支援する「KIZUNA」という言葉は、もとは「木の綱」すなわち家畜や犬を通りがかりの立ち木に繋いでおく綱のこと……といった、東北に対する歴史的な見方、「差別」や「圧政」のことが述べられる。

 そして、この小説の原型である、井上ひさしの『吉里吉里人』「大国日本のかかえる問題を鮮やかに撃つおかしくも感動的な新国家」(アマゾンの説明文)を描いたように、この小説も、「3.11後」の「まったくなかったことのようにふるまう日本国」に対するアンチテーゼとして、「来る「アウターライズ」のためにいかなる災害対策を行ったか」「それが実現できる国家とはいったいどのような国体なのか」を非常にわかりやすく描く。

 で、そんな「東北国」をジャーナリストが招かれて取材をして……というのがこの小説のほとんどなのだが、非常に残念ながらこの小説は、このあとに起こるはずの東北の「壮大な物語」の入り口でしかない。

 「すでの起こった大きいこと」を登場人物のジャーナリストと同様、周りをなぞって終わってしまっている。物語のはじめに出てくる、会津白虎隊の飯沼貞吉や江南哲夫の子孫の話なんかは、いくらでも膨らませられるような気もする。
 「続編」(があるなら)を期待したい。


 ともかく、除染作業員をやりながらスマホで小説を書き続け、東京に戻ってからはマンガ喫茶で書き続けて62歳でデビューした赤松利市氏の存在そのものが僕らの希望である。「絶望」から「希望」へとつなぐ物語を、いまだからこそ紡いでいってほしい。(管理人)

2020042
小説の舞台「河北市」のモデルであろう石巻市の「墨廼江」を飲みながら小説を読む
[ 2020/04/26 17:07 ] | TB(0) | CM(0)

東北独立譚 Vol.1

 井上ひさし『吉里吉里人』以来(?)の「東北独立」を描く『アウターライズ』(赤松利市)がおもしろい。

 2021年に起こる第2の「東日本大震災」をきっかけに東北が独立する、という話なのだが、じつはあと50ページくらい未読なので、まずは同じ赤松利市著『下級国民A』を紹介。

 「住所不定、無職。マンガ喫茶で書き上げた作品が大藪春彦新人賞を受賞し、衝撃のデビューを果たした鬼才」の小説家がデビュー前に、「被災地で一発当てよう」と除染事業に赴くが、そこでまあ、酷い目に遭っていく随筆である。

 といっても、そこまで過激な「酷い目」ではなく、いわゆる土建や建設現場における「肉体労働社会」の普通の「あの理不尽でイヤーな感じ」がよく描かれている。僕がいわゆる「土建」の現場を忌み嫌うようになってしまった経験、たとえば非常に暴虐で理不尽なことしかいわない職人さんたちや、まったく仕事の指示をせず、仕事も一切教えない、「自分で仕事を探して自分で覚えろ」といった職人気質とか、そういう感じがリアルによみがえって、まさに悪夢をみて目が覚めてしまう、というような「土建社会」を思い出してしまった。

 だからこの随筆の内容はそんなにすごくないのだが、そこが「被災地」であること、作者がほぼ無一文で、「住所不定、無職」の中、マンガ喫茶で小説を書き続けた情念みたいなものの凄みと、この被災地での経験が『アウターライズ』につながっていることを感じるためには必読の本である。(つづく)(管理人)

20200423
在宅のために「宮沢和史デビュー30周年記念コンサート」のDVDを購入。一度だけ「THE BOOM」の千葉のマザー牧場での屋外コンサートに行った。結構、ファンであったりする。
[ 2020/04/23 11:51 ] | TB(0) | CM(2)

『流浪の月』凪良ゆう

 今回の「本屋大賞」候補作を1冊も読んでいなかったので、昨日は大賞受賞作を一気読み。在宅ならではの読書である。

 読書一郎さんいわく「個人的にはこの中でいちばん好きな小説なのですが「読んで前向きになる」という話ではなく、ちょっと本屋大賞のテイストとは合わないかなあ、と思います」(→http://ci5.blog20.fc2.com/blog-entry-2164.html)ということだったが、テイストが違っても選ばれてしまう強力な力と魅力を持つ素晴らしい作品で、「いちばんの読書人」である書店員の人たちには確かに響いたのだと思う。

 それはやはり「世の中のいう正しさ」や「善意」が「ウェブ言論の暴走」とともにどんどん巨大化していることに対する違和感であり、「性の暴力」と「言葉の暴力」からへの逃走劇であるこの小説と、小説の主人公たちの逃げ込む「楽園」が、意外と普通に支持されていることの証拠なのだと思う。

 といった小難しい話もそうだが、「ロリ時代に好まれて、その時代が終わったら捨てられてしまう」女の子の悲劇というのは身近にたくさんあり、それこそロリコンになってしまった男側の「身勝手な愛情」が生む不条理はたくさん描かれてきた(佐藤正午『取り扱い注意』(身勝手な性愛)、東野圭吾『白夜行』(性暴力)など)が、この小説の凄いのは、「その先」を描いていることである。男の一方的な性趣向や偏愛までしか描けなかったこれまでの小説からもう一歩先へ……。成長できないで「母」に引っこ抜かれる「トネリコ」の象徴があまりに直接的だが、その分あまりに刺激的すぎる。

 そういう過激な、過渡的な名作だと思う。読書さんのいう『門』(夏目漱石)的、日本文学の王道路線(への回帰?)という意味でも重要な作品である。(管理人)

20200412
在宅の夜長はDVD。というわけでようやく『Kazumasa Oda Tour 2019 ENCORE!! ENCORE!! in さいたまスーパーアリーナ』をみた。
久しぶりみるとやっぱり素晴らしく、思い出も詰まっていたりで、見入ってしまった。こんな状況だからこし、来年はツアーをやってほしい。
[ 2020/04/12 17:21 ] | TB(0) | CM(2)

『サル化する世界』内田樹

 久しぶりに内田樹の本を読んだら非常におもしろかった。

 ひとつが「比較敗戦論のために」という論考で、白井聡著『永続敗戦論』の「敗戦を否認するがゆえに敗北が際限なく続く」という日本の病に関する論考を一歩進めて、「フランスは実は敗戦国」「イタリアは戦勝国」、そして日本はいつまでも敗戦を受け入れられず、歴史を昇華しきれないところに居つづけているというのが興味深い。

 たしかにアメリカは「ベトナム戦争の敗戦」ですらすぐに受け入れ、映画「タクシードライバー」や「ディア・ハンター」、「ランボー」等で歴史としてかみ砕いてしまう。時の権力者、為政者をすぐに悪者にできる。たしかに日本人はいまだに太平洋戦争すらきちんと歴史化できていないし、たとえば東日本大震災さえも「ただただ忘れる」だけで歴史化しようとしない。

 たとえば、薩摩長州と庄内会津はどちらも同じ「官軍」と「賊軍」である。ただ、庄内は西郷の率いる薩摩兵の前に降伏したが「西郷は敗軍の人たちを非常に丁重に扱った。死者を弔い、経済的な支援をした」
 一方、長州藩に屈服した会津藩においては、「長州藩は会津の敗軍の人々を供養しなかった。死者の埋葬さえ許さず、長い間、さらしものにしさえした」

 つまりは、「庄内においては、勝者が敗者に一掬の涙を注いだ。すると、恨みが消え、信頼と敬意が生まれた」。一方、会津と長州の間には、「戊辰戦争から150年経った今もまだ深い溝が残ったまま」である。
 同じように、靖国神社問題がもめる一因は、官軍しか弔っていないこと、つまりはいまだ「歴史」にすらなっていない(その差別が)「現在進行形」のことだからである。

 要は「本当は何があったか」をきちんと明らかにしないで「知らないふり」をし続けて、謝ることも弔うこともなおざりにして「国民の物語」がどんどん薄っぺらくなっていく。それが日本の最大の弱みだということである。


 この本でもう一つおもしろかったのが、「論理国語」がくだらない教科であるという論考である。
 「論理国語」とは従来の「現代文」を「論理国語」と「文学国語」に分けて、「論理国語」を子どもに教育していこうという考えで、要は「契約書や例規集を読める程度の実践的な国語」を教えていればいい、という文科省教育の主張なのだが、これはあまりに愚鈍である。

 「論理的に」理屈を追っていけばスラスラと「正解」にたどり着くのが「論理的思考」だというのは大間違いで、「論理というものは跳躍するもの」である。人間が論理的に思考するために必要なのは、実は「跳躍」への「勇気」なのであり、我々が「知性」と呼んでいるのは、「知識とか情報とか技能とかいう定量的なものじゃない、むしろ、疾走感とかグルーヴ感とか跳躍力とか、そういう力動的なもの」なのである。

 子どもたちが中等教育で学ぶべきことは たった一つ「人間が知性的であるということはすごく楽しい」ということであり、知性的であることは「飛ぶ」こと。

 「論理国語」がくだらない教科であるのは、そこで知的な高揚や疾走感を味わうことがまったく求められていないこと。そして何よりも、「勇気を持て」という論理的に思考するために最も大切なメッセージを伝える気がかけらもないことである。

 そしてこの問題は「論理国語」だけでなく、「教育」全体を覆う「実学教育」(実用的なことだけ教育しておけばいい、余計なことは考えるな、という愚民政策)にも通じることである。

 最後に筆者は、この愚民教育を奨励する「官僚のメンタリティ」をうまく表現しているのでそのまま引用する。

 官僚というのは「恐怖心を持つこと」「怯えること」「上の顔色を窺うこと」に熟達した人たちが出世する仕組みです。だから、彼らにとっては「勇気を持たなかったこと」が成功体験として記憶されている。教育政策が子どもたちに「恐怖心を植え付ける」ことにたいへん熱心ではあるけれど、「勇気を持たせること」にはまったく関心がないのは、官僚たち自身の実体験がそう思わせているのです。怯える人間が成功するというのは彼ら自身の偽らざる実感なんだと思います。


 まさに、コロナウイルス下のわが国のすがたである。(管理人)

20200325
180万の翌日に送られてきたハードコピー。まさに「論理が跳躍した人間しか買えない」すごい馬券なのであった。残高200万超えらしい(笑)。
[ 2020/03/25 10:37 ] | TB(0) | CM(0)
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