ダンボールを漁っていたら前に務めた会社の本の箱があり、そこに埋もれていたこの本がじつにおもしろい。力作。あの会社もこんな良い本を作ってたんだな、と感心した(笑)。
城戸四郎といえば、映画「キネマの天地」で松本幸四郎が演じていた役。映画の企画、脚本を吟味、選定する製作担当の責任者だが、その「偉そうな」ところや調子のいいところなんかがたぶん本人らしいところなのだろう。山田洋次をはじめとする「キネマの天地」の製作者は皆、本人を直接知っていたはずだから。
その「キネマの天地」蒲田、大船を舞台とした城戸四郎と松竹の歴史を余すところなく描いたこの本のおもしろいところは、長島豊次郎という俳優としても映画人としてもまったく才能がない男を、「巨人」城戸四郎の対立軸として描いているところだ。何をやっても箸にも棒にもかからない男が一方的に城戸四郎をライバル視していて、もちろん城戸四郎はまったく長島を相手にしていないのだが、そのアンバランスさがじつにおかしい。
長島豊次郎の同期に笠智衆がいるのだが、二人が大部屋の「落ちこぼれ」だったこともまた象徴的で、城戸四郎、笠智衆、その他名監督に囲まれた「なんにもない」長島が凄く生き生きとしてみえる。
そして零落した松竹の最後の希望が山田洋次であり、「男はつらいよ」の偉大さを改めて知った。大船撮影所跡地にあった「鎌倉シネマワールド」に行ったことがあるが、あの廃れた感じが結局、松竹の最期だったんだな、ということにいま思い当たった。(管理人)
城戸四郎といえば、映画「キネマの天地」で松本幸四郎が演じていた役。映画の企画、脚本を吟味、選定する製作担当の責任者だが、その「偉そうな」ところや調子のいいところなんかがたぶん本人らしいところなのだろう。山田洋次をはじめとする「キネマの天地」の製作者は皆、本人を直接知っていたはずだから。
その「キネマの天地」蒲田、大船を舞台とした城戸四郎と松竹の歴史を余すところなく描いたこの本のおもしろいところは、長島豊次郎という俳優としても映画人としてもまったく才能がない男を、「巨人」城戸四郎の対立軸として描いているところだ。何をやっても箸にも棒にもかからない男が一方的に城戸四郎をライバル視していて、もちろん城戸四郎はまったく長島を相手にしていないのだが、そのアンバランスさがじつにおかしい。
長島豊次郎の同期に笠智衆がいるのだが、二人が大部屋の「落ちこぼれ」だったこともまた象徴的で、城戸四郎、笠智衆、その他名監督に囲まれた「なんにもない」長島が凄く生き生きとしてみえる。
そして零落した松竹の最後の希望が山田洋次であり、「男はつらいよ」の偉大さを改めて知った。大船撮影所跡地にあった「鎌倉シネマワールド」に行ったことがあるが、あの廃れた感じが結局、松竹の最期だったんだな、ということにいま思い当たった。(管理人)
圧倒的におもしろい。時代小説・歴史小説は、司馬遼太郎、吉川英治など若干読んでみたが肌が合わず、山本周五郎だけはむさぼるように読んだ。隆慶一郎も昔から評判だけは聞いていてまだ読んでいなかったのだが、これは傑作である。
名刀工・源清麿に師事した鬼麿が、亡き師の名誉のために師匠の残した「数打ちの駄刀」を切り捨てるために全国を廻る。それだけの話だが、各話(短篇集である)に盛り込まれるエピソードが非常に深く、その魅力に引き込まれる。
鬼麿の出自がサンカだったり、他にも海人、運送業者、歩荷、鉱夫、船乗りなど「非農業民」であり「自由民」「道々の輩」「公界の者」が多々登場するところがいわゆる時代小説と一線を画しており、「網野(善彦)史観」に沿った小説ともいえるが、それは文庫の解説に任せることとして、それら「自由民」たちはまさに生き生きと描かれており、これがいまの日本から失われてしまっている一番重要なことなんだ、ということをまさに実感する。
早世した作家なので作品は少ないが、ひさびさコンプリートしなければいけない作家をみつけて嬉しかった。(管理人)
名刀工・源清麿に師事した鬼麿が、亡き師の名誉のために師匠の残した「数打ちの駄刀」を切り捨てるために全国を廻る。それだけの話だが、各話(短篇集である)に盛り込まれるエピソードが非常に深く、その魅力に引き込まれる。
鬼麿の出自がサンカだったり、他にも海人、運送業者、歩荷、鉱夫、船乗りなど「非農業民」であり「自由民」「道々の輩」「公界の者」が多々登場するところがいわゆる時代小説と一線を画しており、「網野(善彦)史観」に沿った小説ともいえるが、それは文庫の解説に任せることとして、それら「自由民」たちはまさに生き生きと描かれており、これがいまの日本から失われてしまっている一番重要なことなんだ、ということをまさに実感する。
早世した作家なので作品は少ないが、ひさびさコンプリートしなければいけない作家をみつけて嬉しかった。(管理人)
ドラマ「やまとなでしこ」「anego」「ハケンの品格」の脚本家のエッセイだが、この人、話は聞いていたがとんでもない人である。
まあとにかく恋愛体質というか、ラジオ(TOKYO FM AVANTIだったと思う)で聴いたのだが、脚本のため、取材のために恋愛をしまくる、その経験を全部脚本につぎ込むといった取材体質でもある。付き合った男を殴る、蹴る、ハイヒールを投げつけるなんてエピソードは笑うに笑えないが、恋愛時のエピソードをどんどんドラマに使われるのも悲惨なものである(笑)。
ただ、これくらいエキサイティングじゃないと「生きたことば」は書けないというのも事実。「やまとなでしこ」以後、5年くらいマトモに脚本が書けなかったという記述が一番興味深い。やっぱり「そこまで」のドラマだったんだろう。
それを脱出したのが5年後の「anego」「ハケンの品格」「コールセンターの恋人」の三部作(?)だったというわけだ。
ともかく、生きてる表現者はどんなことばを書いてもみんなことばが生きている。それを体現化する脚本家なのである。(管理人)
まあとにかく恋愛体質というか、ラジオ(TOKYO FM AVANTIだったと思う)で聴いたのだが、脚本のため、取材のために恋愛をしまくる、その経験を全部脚本につぎ込むといった取材体質でもある。付き合った男を殴る、蹴る、ハイヒールを投げつけるなんてエピソードは笑うに笑えないが、恋愛時のエピソードをどんどんドラマに使われるのも悲惨なものである(笑)。
ただ、これくらいエキサイティングじゃないと「生きたことば」は書けないというのも事実。「やまとなでしこ」以後、5年くらいマトモに脚本が書けなかったという記述が一番興味深い。やっぱり「そこまで」のドラマだったんだろう。
それを脱出したのが5年後の「anego」「ハケンの品格」「コールセンターの恋人」の三部作(?)だったというわけだ。
ともかく、生きてる表現者はどんなことばを書いてもみんなことばが生きている。それを体現化する脚本家なのである。(管理人)
読書一郎さんの書評本『ビブリア古書堂の事件手帖』を読んで、「ムッ、ライトノベル、侮れん!」と手に取った本。
ライトノベル作家のもとに、「この世で一番おもしろい小説のアイディアがあるから小説の書き方を教えてほしい」と美女がやってくる。美女は5万冊も本を読んでいるが、いままで1行も書いたことがなく……といった展開で、その美女に小説の書き方を教えていく展開が非常におもしろい。だが、後半の展開、オチはまさにSFライトノベルであり、まあこんなもんか、という感じだが、「ものがたりとは何か、世界とはなにか」といった思考を展開していくところがじつに興味深い。もう少し掘り下げてほしかった気もするが、こういうやり方もあるということがわかっただけでもライトノベルはなかなか深い。(管理人)
ライトノベル作家のもとに、「この世で一番おもしろい小説のアイディアがあるから小説の書き方を教えてほしい」と美女がやってくる。美女は5万冊も本を読んでいるが、いままで1行も書いたことがなく……といった展開で、その美女に小説の書き方を教えていく展開が非常におもしろい。だが、後半の展開、オチはまさにSFライトノベルであり、まあこんなもんか、という感じだが、「ものがたりとは何か、世界とはなにか」といった思考を展開していくところがじつに興味深い。もう少し掘り下げてほしかった気もするが、こういうやり方もあるということがわかっただけでもライトノベルはなかなか深い。(管理人)
ともにサントリーの「宣伝部」で文化を創った直木賞、芥川賞作家によるサントリー史。何が凄いかって、二人とも小説家として成功しながらサントリーをずっと辞めなかったのがものすごい。
まあ、鳥井(経営者)がどう、佐治(同じく)がどうという話はどうでもいいが、巻末の斎藤由香氏(こちらもサントリー勤務の作家)の解説が素晴らしすぎる。
読了してひとこと。「おれもサントリーに入社したかった!」(笑、管理人)
まあ、鳥井(経営者)がどう、佐治(同じく)がどうという話はどうでもいいが、巻末の斎藤由香氏(こちらもサントリー勤務の作家)の解説が素晴らしすぎる。
読了してひとこと。「おれもサントリーに入社したかった!」(笑、管理人)


